「急がず、焦らず、自分のペースを守って。」 その2

VOL.27_3

三橋 淳 

1970年7月2日生まれ 東京都出身
01~03年に2輪部門でパリダカに参戦。その活躍が認められ、04年からニッサンの育成プログラムを受けて4輪部門へ転向、市販車部門で参戦を果たす。06年には改造車部門にでステップアップした。07年よりトヨタ車体と契約して、市販車部門で部門優勝。08年は大会中止となったが、08年以降も継続して参戦し、先日の2010年大会では2度目の市販車部門優勝を飾った。
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2輪部門でスタートした三橋のダカールラリー挑戦だが、
04年に大きな転機を迎えることになった。
ニッサンの育成プロジェクトのメンバーに加えられ
4輪部門へ転向することになったのだ。
新しい環境の中にすぐ順応する三橋とは対照的に
思うように練習できない日々の中で積もるストレス
それでも彼は、その時々の最高結果を導いてきた。

練習できないストレス。

オートバイでの3年計画後の予定はまったく白紙でした。ホンダには何とか続けたいとお願いしつつ、KTMにも行きましたが、不況の影響もあり前向きな話はありませんでした。そんな時、ニッサンから声を掛けてもらいテストを受け、4輪育成ドライバーの枠に入れてもらえることになったんです。
 2輪から4輪への転向において抵抗はなかったです。結構、新しいもの好きだったりするので(笑)。オートバイもそうですけど、車も好きですから。ただ4輪の競技に関しての経験がまったくゼロ。でも、それが逆によかったのかなって思います。最初からできなくて当たり前だからって開き直った気持ちにもなれましたしね。
 もちろん苦労はしました。何より練習ができなかったので。育成プロジェクトでフランス行きが決まり住居を構えたんですけど、まず車に乗れない苦しみがありました。練習してレースに挑むっていうのが僕の理想なのですが、予算の関係でダカールラリーに向けてレース2~3戦で練習して準備を整えていくという計画で、通常の練習ができなかったんです。レースを重ねれば当然、後半は経験という面で結果は良くなっていく。でも、練習をちゃんとやって臨んでいれば入賞できた、優勝争いできたというタラレバも出てくるわけで、自分の中ですごい葛藤がありましたね。自分で言うのはどうかと思いますが、僕は吸収力の高い方だと思っています。速い人たちの中にさえいれば、いろいろ盗める能力はあるなって。逆に言うと、そういう場所にいないと盗めない……。06年にニッサンが撤退して僕はトヨタ車体に移籍しましたが、トヨタ車体は市販車部門での参戦にこだわっているので、それを理解して契約したのですが、総合優勝を争うチームのように開発やテストを繰り返しながら、ドライバーのスキルも高めていけるといったような、自分の理想の環境ではないわけです。そういった環境を手に入れるには、トップのファクトリーチームに入る以外改善は難しい問題でしょうね。

ダカールラリーは砂漠をはじめ、日本にない環境の中を長距離走行する。練習が充分にできないハンデの中、三橋は市販車部門で結果を積み上げ続けている。

ナビのトレーニング。

ドライバー自身の成長も大事ですが、ラリーでもうひとつ大事なことがあります。助手席に座るナビゲーター(ナビ)の存在です。やはり有能で信頼できるナビが横にいて欲しいのがドライバーの心情。ナビの仕事は、「500メートル先の分岐を左」と道を示すだけでなく、危険な場所で「溝がある(危険地帯は3段階に分けて表現)からブレーキをかけろ」と注意を促さないといけない。僕が見えていればいいですけど、長い登り坂だったりして先が見えない場合、見えた時に対応しても遅いわけですよ。だから07年に経験のない新人のナビを育成し、ダカールラリーに参戦するというプロジェクトに取り組んだ時は、ナビは地図を読ませる役にして、僕がナビの補足をやりながら走りました。オートバイではひとりでナビしながら走るのが当たり前だから、そういう器用なこともできたんでしょうけどね。
 ただ、ずっとそういうことも続けられないので、ナビに能力を伸ばす訓練をしてもらいました。群馬県や埼玉県のあぜ道しかない何もないところにポツンと置いて、携帯電話も財布も取り上げて、目的の住所だけ伝えてここに来いっていう。まず自分がどこにいるか分からない。最初に自分の位置を確認する行為から始まり、自分の居場所が分かったら次に必要なのは目的地。どっちの方角にあるのか?それが分かったら、後はどうやってそこまで行くか? そういう訓練なら日本でもできるし、基本的にラリー中の考え方と同じですからね。

09年ダカールラリーフィニッシュ後。左にいるのがナビゲーターで、競技中にドライバーを補佐するのが役目だ。

積み重ねる大切さ。

市販車部門ではおかげさまで07年、そして今年も優勝できましたが、僕がこのクラスで一番大事だと思うのが自制心です。まず車が持たない。速く走ろうと思えばもっと速く走れます。そこを抑えて走る。いかに自制心を保てるかが勝負なんです。昨年、WRCドライバーの新井敏弘さんと一緒に練習する機会があって、彼のいきなりトップギヤ全開の走りはとても参考になりました。まったく競技が違いますが、ずっと自分の弱点はラリー序盤のペースが上がらないことだと思っていたので。いろいろアドバイスを受け最初から全開でいこうと練習を開始したら、いきなりひっくり返った……。確かに最初から速いペースを持続していくのは大事だけど、自分はまだそういう訓練をしていない。ゆっくり立ち上がっていく方法で戦おうって思って臨んだのが、今年のダカールだったんです。今の自分のレベルに合ったペースっていうのがあって、それを焦らずに守ろうかなって。結果、今年も部門優勝が実現しました。
 来年のダカールに関してまだ何も決まっていませんが、今年の2回目の部門優勝という結果で今後可能性が生まれるかは分かりません。振り返れば置かれた環境がいろいろ変わってきましたが、こういう結果を積み重ねていくことで将来が拓けると信じて今後も挑戦していきたいと思っています。

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