「サーキット上の興奮を観客席に運ぶ。」 その2

VOL.26_2

ピエール北川 

1970年6月2日生まれ 三重県出身
レーシングカート活動と同時にやっていたオフィシャルの仕事の中で出会った「レース実況」。94年から地方カートコースで本格的にスタート後、鈴鹿サーキット、ツインリンクもてぎといった日本を代表するサーキットからも声がかかる。観客席に呼びかける独自の参加型実況が人気で、今年鈴鹿開催に戻ったF1日本GPをはじめ、2輪の鈴鹿8耐、もてぎ開催のインディ・ジャパン等のビッグレース場内実況でも
お馴染み。
http://ameblo.jp/pk-racing

忠実に抜いた、抜かれたといったレース展開を伝えるのがレース実況の仕事ではない。
自分が楽しいだけではダメ。
そんな気持ちをピエール北川さんが持ち始めたのは、
日本にやってきたあるビッグレースの実況をした時だった。
サーキットに「また来たいね」のひと言のために、
ピエールさんの喋りやスタイルは徐々に変化をしていく。

魅せる実況を観客に。

最初は自分も楽しいから喋る仕事を続けていましたが、鈴鹿でNASCARの仕事をさせてもらってから考え方が変わりました。アメリカのレースってそれまであまり日本に入ってこなかったじゃないですか。NASCARが日本に入ってくるってことで予備知識的にいろいろ調べてみると、レースの数も多いし、ファンサービスもすごいし、スポンサーのカラーも洗剤だとか電気屋だとか生活密着型。とにかくファンに対してのサービスがすごいなと思いましたね。お客さんを楽しませてナンボやみたいな。
 それに対して日本を考えてみると、ヨーロッパから来るちょっと敷居の高いF1を筆頭として、同じレースと思えないほどまったく違うものでした。当時、僕の先輩のアナウンサーがNASCARで実況をする時に『これはエンターテインメントだ』って教えてくれました。アメリカのエンターテインメントを初めて日本に持ってきて、お客さんにどう楽しんでもらうか。レースの抜いた、抜かれたももちろん面白いけど、トップが独走しすぎていたらペースカーを入れてレースをコントロールしたりとか、車体同士がぶつかってボディがバキバキに壊れて骨組みだけになっても走っちゃうとか、とにかく魅せるっていうことに対しての面白さっていうのをいろいろと僕に教えてくれました。実際、鈴鹿に来たアメリカのドライバーやオフィシャルたちからもそういう気持ちが感じられました。サーキットっていうスタジアムみたいなところに、交通費やチケット代をたくさん払って見に来てくれた人がいかに最後は喜んで面白いレースだったな、また来たいねって帰ってもらうかというのを大事にしないといけない。自分達が楽しいだけじゃダメなんだ……と。それからですね、変わったのは。それまで自分の実況は抜いた、抜かれただけの情報しか提供できてなかったんだなと。
 だから、今では客席に呼びかけたりとか、旗振れ何だのって。旗を振りたい人は勝手に振っているのに、僕はあえてあおりますからね。耳障りな人には相当耳障りだと思うんですけど、それはもう僕のスタイルなんで(笑)。

自らレーシングカート活動もやっていた。07年エンジョイカーターが集まる「K-TAI」にも参戦。それらの経験が実況にも活きている。

モータースポーツを生活の中へ。

こういう仕事をしていると、やはり誰かの不幸に対しては敏感になりますね。この仕事をやり始めてすぐに、アイルトン・セナがF1で亡くなりました。僕の友人でもありカート仲間だった人もレースで失いました。それは僕が実況を始めてすぐの時です。2輪でも加藤大治郎選手が大きい事故で亡くなったレースを、偶然僕が実況していました。
 改めて思うのは、モータースポーツは危険をはらんだスポーツだということ。でもただ危険だから、危険だからっていうのを声高に言うつもりはないんですけど、ひとつ間違ったら非常に危ないっていう事実があるのに、ただ楽しく伝えるだけにはできない。シリアスな場面に直面すると、本当に僕はこの仕事をやっていていいのだろうかと自問自答する時もありました。でもね、やっぱりレースが好きだっていうことと、選手達が必死に戦う姿から感動を感じることで、またがんばろうと気持ちが戻ってくるんです。
 数えてみれば93年からやり始めて94年でプロとしてやりますって始めて、今年09年なので15年。自分の中ではある程度のところまできちゃったなという気持ちもあります。F1やインディカーといったビッグレースでの実況もさせてもらえるようになりましたしね。
 だから今の自分を考えた時、何ができるかって思うと、モータースポーツが長続きする、日本の地に根を張るお手伝いを今後やっていきたいなって。それはアナウンスだけ云々じゃなく、どういう形になるかは分かりませんが。海外に行けば、一般の生活にモータースポーツが溶け込んでいます。ル・マン24時間レース、インディ500……。生活の中にレースがある人たちから比べると、日本はまだまだ。いくらエコだ、何だと変わっていったとしても、使っているものがバイオ燃料に変わっていったという変革があったとしても、モータースポーツっていうかクルマを使ったスポーツっていうのはイベントとして考えると長く続いていくものだと思うんですよね。続けていきたいなって思う。レースっていうものが、人々の会話の中で普通に出てくるものになれば幸せだなって思いますね。

08年のJAFモータースポーツの表彰式でも司会進行役を務める。今ではレース関係者にも馴染みの顔となった。

テレビ実況も仕事のひとつ。写真は日本ではあまり知られていないWTCC(ワールドツーリングカーチャンピオンシップ)の番組。右は解説の木下隆之氏。

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