レースの魅力と面白さ。それを伝えていきたい。 その1

VOL.15_2

片岡 龍也 

1979年生 愛知県出身
'92年カートレースデビュー。'93年SLカートシリーズ中部地方選手権スポット参戦。'94年中部地方選手権シリーズ参戦シリーズ6位。'95年全日本カートFA選手権参戦。'96年全日本カートFA選手権参戦シリーズ9位。'97年全日本カートFA選手権参戦シリーズ2位。'98年全日本カートFSA選手権参戦シリーズ6位。ヤマハカート(エンジン・シャシー)開発担当。'99年全日本カートFSA選手権参戦シリーズチャンピオン。'00年全日本カートFSA選手権参戦 シリーズチャンピオン。ヤマハカート・アドバイザー担当。フォーミュラトヨタ・レーシングスクール受講。'01年フォーミュラトヨタシリーズ参戦シリーズ2位。'02年全日本F3選手権TOM'Sより参戦シリーズ6位(優勝1回)。'03年全日本F3選手権TOM'Sより参戦 シリーズ3位(優勝1回)。'04年フォーミュラ・ニッポン参戦シリーズ7位/全日本GT選手権GT500シリーズ6位。'05年Team Lemansよりフォーミュラ・ニッポン参戦Forum Engineering LeMans7号車/TOM'SよりスーパーGTインターチャレンジ参戦。'06年Team Lemansよりフォーミュラ・ニッポン参戦/Team LemansよりスーパーGT選手権参戦/全日本スポーツカー耐久選手権参戦。'07年Team Lemansよりフォーミュラ・ニッポン参戦7号車/スーパーGT参戦/ Forum Eng.TOYOTA Team LeMans 6号車。
公式ホームページ http://www.tatsuya-k.com/

12才でカートを始め、19才からヤマハワークスのプロドライバーを経て、
FTRS(フォーミュラトヨタレーシングスクール)の第一期生としてスカラシップを獲得、
フォーミュラトヨタ、F3と確実にステップアップを果たし、
現在フォーミュラ・ニッポンとスーパーGT500という
国内トップカテゴリーを走る片岡龍也選手。
27才の若さに、これからのモータースポーツ界の期待がかかる。
今回は片岡選手にお話しをうかがった。

たまたま出会ったカートで。

僕がカートに出会ったのは偶然なんですよ。父親がクルマ好きで、僕が小学校5年くらいまではラジコンカーのレースを一緒にやってたんです。それも全日本の予選とかまで本格的に。その時の仲間に「カート始めたから見に来て」と父が誘われ、それを見た父親がハマッてカートを一台買ったのがキッカケです。初めて走らせにいく時、僕も一緒に始めたんです。中学1年の12月でした。カートに乗るまで自動車って運転したことがないわけですが、初めてサーキットを走った時そんなに遅くは無かったんです。ラジコンはコースを上から見て走らせるんで、ライン取りやブレーキング、アクセルオンのタイミングとかある程度理解していたんですね。後は自分がそれに乗るだけ。
 父はカートに乗って一週間目、僕は二週間目にいきなりレースに出てました(笑)。だから僕のデビュー戦は予選ビリ(笑)。ただ、レースになると前のクルマ追い掛けている内に、真中ぐらいでゴールしたんです。年明けには中古でもう一台カートを買い、すごく練習をして毎月レースに出て、初優勝は始めてから半年後の5月でした。
 モータースポーツに縁もゆかりも無い家庭ですし、レーサーになろうとかの目的ではなく、ただ趣味として父親のカートに一緒に乗っただけだったのが、たまたま最初にお世話になったショップがレースに参戦していたんで自然にレースに出るようになっていったんです。

今年4シーズン目となるフォーミュラ・ニッポン。Team Lemansからは#7のマシンで3年目のエントリーとなる。07シーズン8戦終了時のドライバーズポイントは15位。チームメイトは#8高木 虎之介選手。

マシンのセットアップ能力。

それからステップアップして全日本を走るようになり、高校3年の暮れにはヤマハと契約して、翌シーズンからヤマハのワークスでプロとして全日本カート選手権のトップカテゴリーに参戦、同時にシャーシやタイヤの開発にも携わるようになりました。
 開発で必要な“マシンの違いを感じる”というのはだれでも感じるんですよ。ただ、それを理解して言葉に表すことが重要なんです。なぜそう感じるのか、何を直すと良くなるのか。ドライバー同志ならどんな下手な言い方でも伝わるんです。でも開発する人は乗った事がないんで、どういう言い方で正確に伝えるかを意識しだして、そういう目でものごとを考えていくうちに、その能力が上がってくるんですね。
 レースは道具を使うスポーツなので、道具をキチっと仕上げないと、いくら「オレのウデで」っていっても、それは本当に下の方のレースだけなんです。フォーミュラニッポンやGTになるとドライバーレベルはほとんど差がないんです。ラップタイム1秒の中に十何台もいるわけで、コンマ1秒2秒をどうやって詰めていくかと言う時にマシンをセットアップする力っていうのは大きいんです。感じたことをフィードバックする能力、そういったものをカートの開発に携わることで養えましたね。

'98年からヤマハワークスで全日本カートFSA選手権参戦。'99年、'00年と2年連続シリーズチャンピオン。「初めて乗った日から自分が人より早いって思ってましたね。でもドライバーに聞くと全員そう思ってます。みんなそんな勘違いから始まって(笑)」。'00年の8月からFTRSに参加、翌年スカラシップでフォーミュラトヨタにステップアップしている。

'01年に参戦したフォーミュラトヨタ。カートの実速は120~130km/hだが、体感速度は300km/hといわれる。「それでも、初めてフォーミュラトヨタで富士を走った時は恐かったですね。実速240km/hは初体験で圧倒的に速いと思いました」。シリーズ2位となる。

カートから4輪へ。

レーシングドライバーを目指す上で、カートは本当に役に立つと思いますよ。今の時代F1はカートに乗って無ければムリだって言う時代ですし。カートのいいところは、まず手軽に始められること。車両が軽いんで、だれもがクルマの限界を体感することができる。カートのレースは駆け引きが多いんで、その勉強ができるし、ミラーの無いカートでレースをするのは、他車との空間を把握する力みたいなものも鍛えられますね。セッティングの大切さ、進めかたも理解できるし、なにより沢山練習できるんですよ。同じことをFJ1600で練習しようと思ったらいくら使えばいいかわからないですけど、カートならばそれが簡単に手にいれられる。今は4輪へのステップの道もありますし。カート人口も減っていますが、モータースポーツの底辺を広げる上でも、もっと子どもや若い人にカートを体験して欲しいですね。
僕の場合、プロ2年目でカートのチャンピオンを取り、次に挑戦するものが見当たらなくなったんです。当時はカートと四輪の世界は凄く分断されて繋がりがなく、クルマの世界に上がるチャンスや上がり方が全く分からなかったんですね。カートのプロでもギリギリ生活ができる位はあったんですが、この先このまま行くのかどうか、という時に一度はモータースポーツはやめようかとも思ったこともありました。
 でも、もう一年カートでっていう年に、FTRSが始まって、ここから四輪の世界に上がるきっかけをつかめたんです。一瞬あきらめかけたものが、急に湧いたチャンスで4輪の世界に入ることができたんです。今、自分自身としては、未だ取れていない国内のチャンピオンを目指しています。(以下次号)

'02年からF3に参戦。'03年は優勝1回を含むシリーズ3位。
(写真は'03年第50回マカオGPギア・サーキットFIA CUP F3に参戦時)

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