クルマ好きという以上に、運転そのものが好きなんです。 その2

VOL.10_1

菰田 潔 

1950年生 神奈川県出身
学生時代の20才よりレースを始め、FJ1300まで走る。26才でタイヤのテストドライバーに専念。その後フリーランスのモータージャーナリストとして独立し活躍中。日本自動車ジャーナリスト協会副会長のほか、JAF交通安全委員会委員、セーフティドライビング・インストラクター・アカデミー会長、警察庁運転免許制度に関する懇談会委員、BMWドライバートレーニング・チーフインストラクターなどの肩書きを持つ。著書に「ドライビングの常識・非常識 あなたの運転ここが危ない!(日本実業出版社)」などがある。

2歳の頃デパートで売り場から離れず、親が根負けして買ってくれたペダルカーで、
幼稚園に入る頃には車庫入れが得意技だったという菰田氏。
父親が購読していたモーターマガジンを子供の時から読み、
高校で軽自動車の免許を取った頃にはクラッチを踏まなくても全部シフトが出来るほど、
運転が好きでのめり込んだという。
そして、20才でレース仕様のフロンテLC10Wでレースを始める。
今回は、菰田氏ご自身のことについて語っていただいた。

同じスピードでは曲がれない。

学生で20歳の時にレースを始め、ハコで走っていた時は操っている自信があったんです、過剰なくらい(笑)。ところがFJ1300にステップしてマーチ743に乗った時に初めて“速いな”“怖いな”と感じました。星野一義さんや長谷見昌広さんも走っている頃で、星野選手の後について走ると、全開に近いスピードで曲がる鈴鹿の130Rで、僕はしっかりブレーキを踏まないと曲がれないのに星野選手はスッとアクセル抜いただけで曲がっていく。それで20m位の差がつくんです。同じスピードで曲がるのは1億円積まれても僕には出来ないと感じたとき、プロドライバーを諦めました。26才でしたね。レースを辞めた時、タイヤメーカーからテストドライバーの声をかけていただいたので、テストコースがある九州に引っ越しました。
 タイヤのテストドライバーに徹していくと、速さを追求するレースの走り方とは全然違うんです。テストではAとBのタイヤを評価する時、毎回同じ走り方をしなければ違いが分かりませんから、自分の技量の80%位で常に一定で走り、余裕の部分で評価をしていきます。センターの微少操舵の時に手応えと応答性はどうかとか、頭のメモリーをフル回転しながら走り、終わったらレポートを書く。それを4年2ヶ月繰り返してきたんですが、僕にはテストドライバーの方が合っていたのかなっていう気がしますね。当時、新しいハイパフォーマンスタイヤ立ち上げの時で、初期の製品は全部僕が味付けしたんですよ。

FJ1300の参戦を始めた'75年、鈴鹿サーキット「'75鈴鹿グレート20ドライバーズレース大会」にて。車輌はマーチ743無限。

ドライバートレーニングとの出会い。

テストドライバーを辞して東京に戻ったのは、娘を東京で小学校に入学させたくて(笑)。それで、フリーランスのジャーナリストとしてスタートしたわけですが、何のツテもなかったので、忙しくなるまで3年くらいかかりましたか。
 87年に雑誌の取材依頼を受けて行ったのがBMWドライバートレーニングとの出会いです。凄く興味深いことをやっていて、従来「急ブレーキはいけません」と教えるのに、急ブレーキを教えたり、スキッドパッドでお尻振って走るとか、ハンドルの回し方も従来と違う。それが、僕の方式とピッタリ合ったんです。すごくいいと思ってBMWの広報に「長年タイヤテストやっているけどタイヤの理論と合っていて納得がいくし、正しいと思う。もっと日本でも広めたほうがいい」って言ったら「じゃあ手伝ってくれ」という話になって、ドイツに2週間1人でインストラクターの研修に行ったんです。それで88年にインナー向け、89年から一般向けに本格開講し、チーフインストラクターになって今年で18年目ですね。
 ドイツでは76年から始まっていますが、70年代に交通事故死者が増えた時「メーカーは車を提供するだけではなく運転というソフトウェアも提供し、どう操れば安全かを教えるべきだ」と始めたもので、そのセオリーはドイツの軍とか警察といった国家機関のドライバー教育にも使われています。

ドライバースクール開講当時のスナップ。レースとタイヤのテストドライバーとフリーランスのジャーナリストという3つを経験をしているがゆえに、そのドライバーズスクールと出会った時に「ピタッと波長が合ったんですよ」。以来18年、チーフインストラクターを勤めている。

スリップ体験のために水を撒いた円形コース、スキッドパッド。取材でBMWドライバースクールに初めて参加したとき、スキッドパッドで前のクルマがスピンしたのをドリフト状態のままあっさりと回避。これがインストラクターのWRCチャンピオン、ラウノ・アルトーネンの目にとまったこともチーフインストラクターへのきっかけとなったという。尚、スクールはBMWオーナーに限らず、免許があれば誰でも参加できる。

上手い運転とは。

日本で一番いけないなと思うのは、トラックやタクシーなどプロドライバーほど自分勝手な運転をしていることですね。下手な人とか道を間違えた人に対して、ホーン鳴らしたり、意地悪したり、あおったりするわけですよ。ドイツでは免許をとる時に「トラックドライバーのような運転をしなさい」と教えるんです。法律をきちんと守って走る、そういう運転をトラックドライバーがしているんです。日本では初心者マークや高齢者運転標識などをつけないといけないんですが、それもおかしいんですよ。世界的にもありません。弱者を守る意識が低く、自分だけスイスイ走るのがベテランドライバーの走り方だみたいな傾向は自動車文化度が低いと思うんですよね。
 上手い運転っていうのはスムーズとか速いとか事故を起こさないとかいろんな要素があると思うんですけど、人が失敗や間違いをしても事故にならないような運転ができることだと思います。例えば高速道路の渋滞なら、すぐに減速を始めて前を広く空けておく。自分の後ろに3台ぐらい車が繋がってきたら最後尾につけば、後ろの人が急ブレーキをすることもないし、万一突っ込んできても回避できるんですよ。そういうマージンをとった運転ですね。
 僕自身は「運転するのが好き」というだけなんですが、自分で運転するのが好きだから、人にも良い運転をして欲しいと思って「こういうふうに運転すると車はこうなるよ」とか「こう運転すると気持ちいいよ」とか啓蒙活動をしているんです。これからもそういうことを広めていきたいし、運転するのが好きな自分の使命かなと思いますね。

ニュルブルクリンク24時間耐久にドライバースクールの卒業生とともに、ほぼ毎年参戦。これはニュルでの記念撮影。後ろはリンクタクシーで、もちろんこれはレース車輌ではない。

世界300台の限定生産で、1台1億7700万円という価格でも話題となったブガッティ・ヴェイロン。昨年、菰田氏は日本におけるテクニカルアドバイザーとして「ブガッティ・ブランド・アンバサダー」に就任した。

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