モビリティの自由。クルマの本質がそこにある。

VOL.3_1

熊倉 重春 

1946年生 東京都出身
幼少のころからクルマが好きで本作りも好きだったこともあり、そのままクルマ雑誌の業界へ。69年秋から95年夏まで自動車雑誌編集部に在籍。モータースポーツも大好きで、FJ1600などの発案者でもある。編集部員のチームも作り、自分でもドライバーとしていろいろなクラスで60戦ほど参戦。「筑波ナイター耐久」2連勝などの戦歴がある。95年に退社してフリーとなってからは、テスト車だけでも多い時は年間340台以上に試乗。今最大の関心事はエネルギー問題。

21世紀に入って5年目となるが「クルマはまだ20世紀が終っていません。内燃機関から新しいエネルギーに変わったとき、初めてクルマの21世紀がくると思っています。10年後にどうなっているかわかりませんが、それは確実に近づいていることは確かで、それがとても楽しみです。」

現在、雑誌やwebに11本の連載を抱え、ラジオ、衛星放送のF1解説などでも活躍する
モータージャーナリスト、熊倉氏。
雑誌編集者から活躍のフィールドをさらに広げるべく、
10年前にフリーランスとして独立。
一方、FJ1600やスーパー耐久の仕掛け人でもあり、
クラシックイベント『ミッレ・ミリア』を初めて日本に紹介、
'96にはJAFの全日本電動自動車レース初代シリーズチャンピオンになるなど
その活躍は多方面に及ぶ。
現在、年間250~350台のクルマを試乗する。
今回は、その独自の切り口には定評がある熊倉氏を訪ねた。

モータージャーナリストとして幸せな世代。

僕の子供の頃、時代の最先端はクルマしかありませんでしたから、みんな自然にクルマに興味を持ちましたね。高校時代は同人誌を作っていたくらいモノを書くことも好きだったので、自分のやりやすいことで考えたら、クルマ関係で文章を書く仕事だったんです。大学4年の時、購読していた雑誌で編集部員募集広告を見つけて応募したのがこの世界に入ったキッカケです。
 入社は1970年ですから、日本の高度成長期から、'80年には日本が世界一の自動車生産国になり、'90年代バブルの高級車ブーム、そして環境・次世代エネルギーに移行する'00年代と、日本のモータリゼーションが二次曲線的に変化していく様子に常に関わってくることができました。本当に毎日スリリングで面白くて、モータージャーナリストとしては最も恵まれた世代だと思いますよ。今はさらに技術の進歩も急速になって、新しいモノ好きの僕としては凄く面白い時代ですね。

クルマの味方。

ジャーナリストは『消費者の味方です』っていう暗黙の了解がありますが、僕はそうじゃないんです(笑)。消費者の誤りで間違った商品づくりに走った事例もありますからね。もちろんメーカーの味方でもなく、どちらも等距離におき、敢えていえば『クルマの味方』ですね。よく「今一番欲しいクルマは」と聞かれますが、年間350台近く試乗する中で、僕はその日に乗ったクルマが一番欲しいクルマになってしまうんです(笑)。ハード面は自分が測定機器になって評価しますが、もう一方『用途』という面から、そのクルマに似合う乗り方や服装、顔つきまで(笑)完璧にイメージできて、その気分に入り込めるんです。ラリーカーならラリードライバーだし、高級車ならゴルフバックをつんだ日曜のオヤジとか。精神的なコスプレですね(笑)。気持ちを入れ込んでしまうと、その時そのクルマが一番欲しいクルマになるんです。
 以前から思っていますが、例えば『英国車が云々』とか『国産車はまだまだ』とかいう括りは意味がない。それは『気さくなアメリカ人』『底抜けに明るいイタリア人』というようなもので、人嫌いなアメリカ人もいるし、暗いイタリア人もいる(笑)。やはり、人間なら個人を見て欲しいと思うように、クルマもそのクルマを見て評価するべきだという見方をしています。一方、クルマづくりの社風というのはあります。例えばスバルのクルマづくりは、同じ日本のトヨタより実はアウディに近い。そういった面でも外車、国産という括りは無意味なんです。
 また、マニアックな人は「マニュアルシフトがクルマの醍醐味」といいますが、僕はAT派でもMT派でもありませんし(笑)ターボ対ノンターボとか、どちらでもいいんです。僕はそのクルマごとに合った用途と良さが重要だと思っています。

ジャーナリストでも仕事人として物心が付いた時の価値観というものが染み付いて、以後それに縛られがちになる人も多いという。「例えばツインカムでFRでドリフトさせる楽しさも好きですが、そこが永遠に続くわけではないんです。ですから、僕の場合は、もともとの新しいモノ好きもあって、コンピューターのバージョンアップみたいに常に価値観を変化させてます(笑)」。

「汽水域」の時代。

今一番大きなキーワードは『環境』です。時代はそこに急速に流れていって、極論すれば『クルマとは本来、電気自動車のことだ』と僕は思っています。クルマの本質は好きな時に好きなところへ移動する手段を個人所有できる『モビリティーの自由』なんです。それを実現するハードウェアたるクルマが、危機的に悪化していく地球環境の中で対応ができなければその自由が規制される事態もありうるわけです。それが一番怖いことです。クルマは一部マニアだけの物ではありませんから。ある日急に『内燃機関禁止』となっても僕は未練はないですね。すぐに電気自動車のチューニングに走ってますよ(笑)。
 今は『汽水域』、つまり川が海に出て淡水と海水が混ざり合い魚介類の宝庫となる水域ですが、そんな時代です。まだ未完成ながら新しい技術のクルマがどんどん生まれる一方、滅びるのはわかっていながら、たぐい稀な完成度を誇る内燃機関のクルマ。そのどちらも選べる幸せでスリリングな時代です。僕としては楽しくて仕方がないですね。
 この10年程、洋の東西にかかわらずクラシックカーイベントが増えています。楽しいし、否定しませんが、それは一時代を切り取ったスチール写真のようなもので、一つの価値観を続けていきたいという思いと、これから先の変化への不安があるようにも感じます。でも、確実にクルマは変化していくわけで、それに怯えるのではなく、どうせ変化するのならより良い方向へ変化していくように努力すること。これが、我々現役ジャーナリストの役割だと思いますね。

バイクも好きで、現在BMWなど7台を所有。中でも最近は電動スクーターEC-02がお気に入り。「ガソリンの燃料代に換算したらリッター300kmくらいでしょうか。音も静かで洗濯機くらい。こうした電動バイクや自動車が10%くらい走るようになったら街は静かになりますよ。テレビでも電子レンジでもそうだったそうですが普及率が18.5%をこえるとになると、一気に普及するんですね。その加速的に普及する時が楽しみです」。

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