サーキットの未来像。

VOL.227

杉浦 隆浩 SUGIURA Takahiro

2012年3月にアスカ株式会社が岡山国際サーキットを買収した同年5月から、株式会社岡山国際サーキットの専務取締役支配人を務める。
http://www.okayama-international-circuit.jp/

日本のモータースポーツ全盛期である
90年代に誕生した岡山国際サーキットは
民事再生法適用と買収を経て
現在はアスカ株式会社が運用を担っている
支配人の杉浦隆浩さんにその過去と現在
そして、未来のサーキット像を聞く

自動車部品製造会社であるアスカ株式会社が岡山国際サーキットを買収したのが2012年3月のこと。アスカは愛知県に本社を持ち、自動車部品事業部、パネル・盤事業部、ロボットシステム事業部などを手がけており、アメリカや中国、インドネシアなどにも工場があり、単体では500人ほど、グループでは総勢700名を超える会社です。
 私はアスカのパネル・盤事業部にいたのですが、営業部を経て、製造部 部長という立場のときに岡山国際サーキットの買収があり、2012年5月から支配人として異動してきました。もともと会社自体が製造業でしたし、サーキット運営というサービス業に進出することにも、買収自体にも驚きましたが、誰が出向するんだろうなとぼんやり考えていて、まさか自分が行くとは思いもしませんでした。サーキットに行くのは出向してからが生まれて初めてでした。車は好きなものの、サーキット走行なんて全くイメージがなく、初めてサーキットで車が走っているのを見たときの衝撃も大きかったですね。
 またサービス業自体が未知の世界で、製造業とサービス業は、やはり仕事の業務がかなり違うんですね。最初はそれに合わせていくのが大変でした。休みに関しても、製造業は土日休みですが、サーキットでの定休日は12月31日と1月1日だけで、みんなで交代して休みます。生活のリズムががらりと変わって、そこにも慣れが必要でしたね。

創設当時からレイアウトはほぼ変わっていない。全長3.7㎞コースの各コーナー名称は、往年のイギリス人のドライバーの名前が付けられている。

イベントを育てる

岡山国際サーキットはF1グランプリ開催を目指して造られたコースで、1994~1995年の2年間はF1パシフィックグランプリが開催されました。1994年のレースには片山右京選手が日本人ドライバーとして参戦し、あのアイルトン・セナがイタリアのサンマリノグランプリでこの世を去ったため、セナが日本を走った最後のサーキットとして当時は話題にもなりました。サーキット自体は1990年に完成し、町ぐるみ、村ぐるみでF1開催を目指し、地主さんや地元住民の方々からは「皆で協力して開催したんだよ」という話を今でもよく聞きます。F1開催に向けて道路整備もかなりされました。
 現在は国内の2輪、4輪レースを中心にカレンダーを組んでいます。2輪では9月30日~10月1日に全日本ロードレースが開催され、10月14~15日にはスーパー耐久シリーズを予定しています。現在年間スケジュールで最大規模となるのは4月8~9日のSUPER GTで、今年も土日2日間で2万7,000人ほど来場者があり、今ではSUPER GT開幕戦のサーキットとして定着しつつあります。5月には国内最速のスーパーフォーミュラも開催しています。9月10日のAE86フェスティバルは昔のAE86だけののイベントで、遠くからも86愛好家の皆様に集まっていただいています。毎年12月、年間最後のイベントとして開催しているのがマツダ・ファン・フェスタ。当初は20~30人で始まったイベントですが、年々規模が拡大して昨年は過去最多の18,100人が来場されました。マツダ様はドライビングに力を入れていて、マツダ役員の方も一緒になって模擬レースに参加され、今では2日間のイベントにまで成長しました。地方戦、いわゆる2輪と4輪のローカルレースも年間6~7戦ほどカレンダーに組み込んでいます。シーズン時期は3月から11月後半ぐらいで、秋口は非常に天候が良いので、毎週何かしらのイベントをやっている状況です。
 サーキットなのでこのようにバイクや車のイベントがメインになりますが、ファンイベントとしては、モータースポーツのオフシーズンを利用してマラソン大会や7時間耐久の自転車レースなどもやっています。それらは10年以上続くイベントとして定着し、今では数千人規模に成長してきました。

旧TIサーキット時代にはグループA、F1パシフィックグランプリを開催。1994年の初F1開催は、故アイルトン・セナが日本で走った最後のレースにもなった。

レーシングサーキットとして誕生した
岡山国際サーキットではあるが
近年はそれだけに固執することなく
総合レジャー施設のように
楽しめる「器」へと姿を変えつつある
レーシングサーキットの将来像を
支配人である、杉浦隆浩さんが語る

岡山国際サーキットにおける最近の一番のトピックスは、コース全周3703メートルのアスファルトを削って舗装し直したことです。昨年12月末から今年2月半ばまで施設をクローズドにして工事を行ったんです。海外のサーキットではアスファルトの再舗装をしないところもあると聞きますが、日本では10年ぐらいのスパンでやるのが一般的だと言われています。今回のレーシングコース改修では路面μの均一化や排水性向上などの、安全性の強化として当サーキットも実施いたしました。
 また力を入れていることとしては、ビッグレースの告知ポスターのイメージチェンジです。以前は車をたくさん並べて、ヘルメットをかぶったドライバーを掲載して全体としてはシリアスな印象でしたが、知らない人からすると誰が誰だか分かりません。アスカ株式会社の代表の片山義規の思いもあって、もう少し万人が興味をひく内容に変えようと。ポスターに関しては、アテンションの強化を目的に、イラストなどを採用することもあります。
 今年のSUPER GTの公式プログラムにおいては、30ページほどを使って全ドライバーの顔がしっかりと分かるグラビア特集をして、きれいに掲載させていただきしました。これも今後の岡山国際サーキットの方針のひとつで、モータースポーツを盛り上げるうえで大切なのはドライバーが有名かつ人気になることだと考えています。そうならないと業界全体が盛り上がらない。小さな子どもが憧れて目指すようなスポーツになっていくためにも、ドライバーにスポットを当てていきたいのです。そう考えたとき、今までどおりヘルメットをかぶってレーシングスーツを着ている写真では、どこかときめかない印象があるので、どのドライバーも普段着で撮りました。個々の日程調整が本当に大変な撮影でしたが、前例として今年のプログラムでドライバーにスポットライトを当てたのはいい取り組みだったと思います。

10月中旬に開催されたスーパー耐久レースの告知ポスターでは、動物の要素を取り入れたユニークなイラストを採用していた。

女性や子どもにも配慮

また、今以上に女性や子どもにも多く来場してもらうために、ピット側、観客席側の常設トイレを新しくしました。お子さんの着替えや大人の化粧直しなどを考慮して多機能トイレや大きな鏡を設置してあります。
 駐車場においても、舗装していないと雨天時はぬかるんで靴が汚れてしまうことがありましたが、現在はほとんどのコース周辺の駐車場はアスファルト舗装になっています。「靴が汚れるから、不整地で足が痛くなるからもう行きたくない」という理由で来なくなる女性が減ることを願っています。
 3年ほど前からSUPER GTで始めているのが、レース開催時に女性がくつろげるスペースを必ず設けること。レースに夢中になっている男性陣に対して、それほど興味がないけれど連れて来られた女性の数も決して少なくありません。という方々をフォローする目的で、レース開催日に無料解放したクラブハウスにて、アロマセラピーやネイリストの方々のブースを出して、なんとか女性の気持ちもつかめれば、と。そういったことを少しずつ始めております。

コースのアスファルトを全面改修。開幕戦のSUPER GTではその新舗装への対応が、勝負どころのひとつになった。

内製動画の展開も

このレース開催だけがサーキットの収入源となると、経営的にはかなり不安定で厳しくなるでしょう。レースはナマモノですし、天候によって来場者数が左右します。幸いにも、岡山国際サーキットの売り上げは3つの柱によって支えられています。ひとつはサーキットの貸し切り、専有走行ですね。各自動車メーカーさんやタイヤメーカーさんにサーキット全体を借り切っていただく形です。車両が走る際は、この貸し切りでの走行を利用されます。もうひとつの柱は会員の方々の年会費。岡山国際サーキットをご走行いただくには、サーキットライセンスというものが必要で、何千人もの会員さまがおられます。この時間帯は4輪の速い人、この時間帯は2輪の遅い人など、時間帯によって枠が切り替わり、会員の方々はそれに合わせて走行を楽しむことができるようになっています。3つめが、先にもお話したレースやイベントごとでの収益です。岡山国際サーキットは、比較的安定したこれら3つの柱で支えられています。
 今後は動画配信にも力を入れていきます。じつは機材もすべて揃えていつでも動画を撮影できる態勢を整えました。まだまだ本数は少ないですが、レースにかかわらず、何かしら面白い内容の動画をなるべく定期的に撮影・内製して、インターネット上で発信していく。それが直接的、間接的な集客につながればいいなと考えています。
 女性を呼ぶイベントとして夏場は花火大会、冬場はイルミネーションなど、そういったことにも目を向け企画していくことが、レーシングサーキットが生き残っていく道なのではないかと思っています。

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