「際限なき再現」の難しさ

VOL.199

松村 敬太 MATSUMURA Keita

20歳のときから板金を専門とする自動車修理工場「有限会社 永遠ボディー」に20歳のときから勤めてきた。父の敬一さんもまだ工場内で若手職人の指導をしつつ現役続投。他にも、有限会社スタジオプロペラを自身で立ち上げて、アルミニウム・シートメタル加工品を製作、商品はそごう横浜店、グランドプリンスホテル高輪などで販売されている。
http://www.towabody.jp/

動かなくなった古い車を補修&修理して
生き返らせる仕事が「レストア」だ
緻密かつ、とても時間のかかる作業で
当時の状態に戻すには、かなりお金もかかる
生き返った車を見たときの喜びの顔
資金が尽きて断念した悔しい表情
その両方を20年にわたって見届けてきた
松村敬太氏にレストア、旧車の奥深さを聞いた

前号の小林雅彦さん(株式会社カマド)とは、気づいたら長いですね。今も付き合いのある東京町田の中古車屋さんに彼は勤めていたんです。当時からミリタリー好きで、うちが今のところに引っ越す前、近所に戦国自衛隊で使った戦車を持っている解体屋さんがあると彼は知って、その戦車を見に来たついでにうちに寄ってくれたんです。でも、何を話したのか覚えていないぐらい印象は薄かったです。
 その後、小林さんがトヨタモデリスタというカスタムカー屋さんに、ジムニーをベースにイギリスジープのような車を作りたいとムチャな要望をして、その会社の知り合いのデザイナーから「変わった仕事がきたから来ない?」と誘われて、初めて小林さんと長く話をしたんです。気絶しちゃいそうなぐらい、よく喋る方でした(笑)。
 でも、すごくマジメで熱意があるから、おもしろいなと思いました。そのイギリスジープをうちで作ることになって、ちょくちょく出入りするようになると、共通の感覚があるなと感じました。彼はミリタリーオタクで、僕ももともとマンガの学校に勤めていたことがあるほどのアニメオタク。同じニオイがしたんでしょう。しばらくすると仕事関係なく仲良くなって、何となくですけど長く付き合うんだろうなって思っていました。

所有するトライアンフ・ビテスの内装は、松村氏をオシャレしたくなる気分にさせる。

レストアとは?

小林さんが中心になって進めている「くろがね四起プロジェクト」は、始まる前に電話で呼ばれてブルーシートにかかった状態で見せてもらいました。ついに手に入れたのか……と思いましたね。ある程度の形があるから直るんじゃないと話をして、彼のところでエンジンを直して、うちはボディを担当することになり、今もまだプロジェクトは継続中です。
 基本的にうちは板金をメインにした車の修理工場なんですけど、最近は普通の仕事がなくなりましたね。今の車ってコンピュータで制御されている割合が非常に高いので、僕らだと直せない技術が多いんです。僕らが直せる車はせいぜい20年前よりも以前のもの。そういう仕事をやり始めて、今ではほぼ全部そういうお客様ばかり。周りから見れば、古い車専門の修理工場、レストア工場のようでしょうね。
 レストアの仕事は「くろがね四起プロジェクト」を見てもらうと分かるように、大きいものであれば当時の状態を調べた上で、お客様の予算や車の使い方に合わせて、直し方を決めていきます。なるべく当時と同じものを再現する案件もあれば、個人的な趣味で現代の流れに沿って走るのなら今の技術を取り入れたアップデートを施すなど、オリジナル度よりも走行性能を重視する案件もあります。
 塗装においては、当時と同じ塗料は使えなくなりました。今の雨は酸性雨だし、日本は亜熱帯気候みたいになってしまったじゃないですか。昭和30年代の塗装だと1年もたない。1回塗って最低10年はもたないと今の時代は受け入れてもらえないから、現代の環境に対応した材料で塗るしかないんです。発色も違うし、はがれも違うんですけど、それでも近い雰囲気に仕上げる研究は続けています。外国の塗料を使っているので国産よりも発色はわりと鮮やかなので、外車を仕上げるときはすごく合いますね。

小林さんと共同で復元プロジェクトを進めている「くろがね四起」。部分的にボディを貼り増し、あるいはパーツ製作をしながら当時の状態を再現していく緻密な作業だ。

オシャレしたくなる

レストアを依頼しに来るお客様は若い方からご年配まで、サラリーマンから自営の方までほんとうにさまざまです。以前はすごくめずらしい車が来たからこの人はすごい人なんだと構えることもありましたが、今はあまりそういうことに関係なく、どんな車が来ても同じように対応するよう心がけています。先程言ったように職業や年齢もバラバラで、予算も個々で異なります。よかれと思った我々の提案が押しつけみたいになることだってあるんです。昔の車を直すことにはすごくお金がかかり、所有していくこと自体にもお金がかかります。直すことに必死になって、その人の人生がくるうことだってある贅沢な趣味なんです。だから、淡々とこの車はこういう状態ですと伝えて、直すならこういう方法がありますが、どうされますか? というのをうちの基本的なスタンスにしています。
 僕自身も昔の車は嫌いじゃないですけど、毎日乗りたいかと言われたら、面倒くさいし乗りたくないですよね(笑)。いつ止まるか分からないし、暑くて寒いから。でも、お客様と同じ気分を体験するのも大事なことなので、今はイギリスのトライアンフ・ビテスに乗っています。こいつとは意外に長いですね。
 旧車は機械としての魅力もあるだろうし、非日常的な感覚を味わえるのかな。今の車みたいに壊れたらお手上げになることが少なく、ある程度の工具と材料を積み、冷静になって頭を働かせれば、壊れても何とか家までは戻って来られるんですよ。そんなときは、ちょっとした冒険をした感覚で、武勇伝のように語る人は多いですね。
 自分で乗っていて思うのですが、やっぱりダイレクトな感覚がいいですよね。ハンドルひとつ曲げるにも、シフトを1速、2速と上げていく際も、あのパーツとあのパーツがつながって動力が伝わって……と想像つく動きをしてくれます。あと、トライアンフ・ビテスに乗るときは洋服を気にします(笑)。なぜか車に合わせたものを着たいなと感じるんです。ちょっとオシャレをして乗ろうかなと思わせる何かが、古い車にはあると僕は感じます。

古い車に乗るとテンションが上がって
オシャレになると語ってくれた松村敬太氏
しかし、レストア事業はスケジュールや
お客様の予算管理がとてもシビアで
やり甲斐がある反面、難しい仕事でもある
動かなくなった車が動くようになり
お客様が喜ぶ姿が目に浮かぶ一方で
その裏側にはたくさんある苦労があるようだ

レストアの仕事って魅力的に思われるかもしれませんが、作業をコントロールする側はハラハラの連続です。車が直るのを待っている人には魅力的で、作業にあたる職人さんにはおもしろいことなのかもしれませんが。
 この頃はおもしろいって思ったことはないですかね。スケジュールやお客様の予算の管理を含めて、とてもシビアなんです。自分の好きなものを直すと楽しいはずなんだけど、お金がかかることだから苦しくなってきてしまうお客様もいて、こんなにかかるのかって……。ものすごく余裕がないとできないことなのに、日本ではわりとそうじゃないところが窓口になっているのが現状なんです。レストアって海外では貴族のような方々の遊び。それが日本では一般の人がターゲットになってしまっているから、上下の開きがすごいんです。我々も仕事としてギリギリになってしまうし、かといって儲けようなんて思ったらお客様が悲惨な状態になってしまう。
 ポルシェのオールドタイマー部門なんかだと、現行ポルシェが3台買える値段だと聞きます。少なくとも6,000~7,000万円かけて1台直すんです。でも、日本でフェアレディZを持ってきました、チェックして7,000万円ですって言ったら、それは無理なわけですよ。高いねって言われるギリギリのところで我々は経営しているので、そういう意味で経営はシビアだし、おもしろさよりも大変さのほうが強くなってしまうんです。
 全部直そうと思ったら、お金はまず足りないでしょう。ご家庭を持った普通の方なら無理だし、僕はオススメできません。家が田舎で車庫も充分広い土地があって、イギリス人のように自分でジャッキアップして10~20年かけてネチネチと直していくっていう感覚であるなら所有してもいいかもしれないですけどね。少し直してすぐ乗りたいという感覚ならお金がかかる趣味だと思います。

工場の裏に広がる景色。小さな田んぼや畑、そして里山。仕事中に息が詰まると松村氏はここでリラックスする。

最初から壊れている

「古い車は壊れる」と言われますが、それは間違いで、どれも壊れているんです。少なからず50年以上経っているものは、工業製品として壊れています。雨風に当たる場所に置かれていることが多いわけだし、壊れてないわけがないんです。もともと壊れているけれど、お金がないから皆さんちょっとだけ直す。ちょっと直して何となく動いているものを動いているとして買って、乗り始めたら壊れた壊れたって言うわけです。いえいえ、全部壊れているんですよって(苦笑)。
 壊れなくすることはできます。2,000万円かけて直したら、そりゃ壊れないですよ。10年は壊れないと思います。だけど、そこまでお金を出せない。だましだまし、というのが現状で「また壊れちゃった」と思えるなら趣味として成り立つんですけど、「また壊れたよ、このやろ~」って思った時点で趣味としては成り立たないんです。
 我々も良かれと思って、以前はちょっと直しましょうっていうサービスもやっていました。でも、後々すべてトラブルになるんですよ。予算がないからある部分だけ直す、そしたら動くけれど、ここを触ったらここもここもと全部つながっているので、次々に壊れてしまったりするんです。お客様としては「こないだ直したのに!」ってなってしまうわけです。だから、今はだましだましの修理はやりません。
 最終的には自分で探求して、ここにたどり着いた人だけが古い車で遊べばいいと思うんですよね。それって何の趣味でもそうですよね。そういった意味ではドカンとうちに来るお客様が増えることはないと思いますし、増えなくてもいいのかなって気がします。

自身で立ち上げた「スタジオプロペラ」ではアルミニウム・シートメタル加工品を製作・販売している。神奈川県相模原市にある工場敷地内には、これらを展示する秘密の小部屋がある。

生産性が低い仕事

今のうちの工場の規模が適正で、将来的に広げることもはないと思います。六本木の有名なフレンチの巨匠がいるのですが、店舗はひとつで、もう六本木で25年ぐらいやっていて、どんなに有名になってもお店を増やさないんですね。以前、なぜ増やさないのと聞いたら「自分のソースの味は自分じゃなければ管理できない」と言っていました。そこまでの徹底かと言えばそうでもないのですが、うちの仕事もこのぐらいの規模が適正だし精一杯かなと思っています。情報の管理、技術や情報の伝達とか、これ以上広げる必要性もない気がします。50人体制で流れ作業的にやる仕事でもないでしょう。すべて車が違うし、腐っている、壊れている度合いが違うし、生産性が低い仕事なんです。ひとつひとつリセットして取りかからないといけないので、効率が悪いんですよ。効率を追い求められないのに生産性を上げなければいけないっていう相反する仕事なんです。
 もちろん納期があるけど、絶対にそのとおりにいかない。開けてみないと分からないこともありますから。とはいえ、仕事だから納期に仕上げて伝票を上げないとお金が入ってこない。うちの従業員は17人。今は常時30~40台工場に入っていて、どれも並行して動いているんですけど、その中で回していくのが精一杯ですね。
 カマドの小林(雅彦)くんが持ってきてくれた「くろがね四起」みたいなプロジェクトに携わることは、歴史的なおもしろさがあるのと、仕上げた後に「うちらがやったんだよな」っていうのを職人さんたちと話ができるおもしろさはあるし、まったく動かなかったものを動くように直した満足感やおもしろさはあります。ただ、今は目の前のことが大変で1台1台、写真も撮れていないのが現状です。まだ若いからか、自分はまだその渦中にいるからか、楽しめるだけの余裕がありません。でも、あと20年もすれば、あれもやった、これもやったと楽しげに話せるのかもしれません。今の苦労を笑って話せる日が来れば最高ですね。

松村さんは若手の育成にも真剣。入社したての20代の従業員は50~60代のベテラン職人から“技”を受け継ぐ……10~20年先をしっかりと見据えている。

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