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東條 力 奥深い「レースエンジニア」の世界

HUMAN TALK VOL.187 東條 力 奥深い「レースエンジニア

PROFILE

東條 力
TOJYO Chikara

1964年2月8日生まれ 北海道出身
日本自動車整備専門学校(現トヨタ自動車大学校)卒業後、トヨタオート多摩(現ネッツ多摩)に入社。92年にトムスに転職。2ヶ月後には関谷正徳のエンジニアに任命され、94年にはシリーズチャンピオンを獲得。以後、TOYOTA TEAM TOM'Sのエンジニアとしてチームの活躍を支え続けてきた。
http://gazoo.com/my/sites/0001452434/GazooRacing12/default.aspx

マシンのセットアップを考えるだけでなく、レース中の戦略や予想外の事態への判断。
加えて、現場以外の工場でも仕事は山積み……
ドライバーの裏方に回ることが多くあまり表に出てこないエンジニアという存在。
その仕事内容は奥深く、知れば知るほどレース自体の見え方も変わってくる。
トムスの名物エンジニアである東條氏に自身のキャリアを振り返ってもらいつつ
その仕事内容を解説してもらった。

東條 力
東條 力
工場(レーシングファクトリー)では次のレースに向けて、セットアップを考えてマシンを組み上げる指示をメカニックに出す他にも、メンテナンスや現場での作業をスムーズにこなせるアイデアを常に考えている。現在のトムスはスーパーGT、スーパーフォーミュラ、F3など、国内主要レースに参戦している。写真は御殿場の工場内。

バンド少年から車の世界へ

 高校生の時はバンド少年で、音楽で生計を立てようと思っていたんです。でも、ぜんぜんダメでした(苦笑)。16歳になると皆、バイトをしながら原付の免許を取り、僕もそんな中のひとりで乗り物に対する興味はずっとありました。トヨタのディーラーに入るために八王子にあるトヨタの整備学校に通っている時の担任の先生が富士フレッシュマンレースに出ていて手伝いに行ったり、その後にトヨタのディーラーに勤めたんですが、その会社仲間とカートやジムカーナの真似事をしたり、ラジコンをしたり……。どちらかと言うとレースをやる方に興味があって、今の仕事なんてぜんぜん考えていませんでしたね。
 トヨタのディーラー内ではトヨタ検定というのがあって、毎年ひとつずつステップアップしていくことに楽しみがありました。僕らの時は5級から始まって4級、3級、2級、1級と取っていくんです。で、10年ぐらい勤務したんですかね。一通り整備に関してはエキスパートになって、どうしようって思った時にまだ若かったので、レースの世界に踏み込んでみるのもいいなと思ったんです。資格もたくさん持っていたし、それなりの整備業界に対する自信もあったし、2~3年やって失敗してもいいやってつもりで。
 27歳の時に御殿場のレーシングチーム数社に話を聞きに行ったんですが、条件が合いませんでした。1年また仕事を続けて、「やっぱりレースの世界で働きたい」という気持ちが強かったので、勤務していたトヨタオート多摩(現ネッツ多摩)の知り合いを通してトムスに入れてもらったんです。もちろん、メカニックとして現場に行きたかったんですが、入社したのが5月なのでレースのシーズンはもう始まっていて、入る余地がありませんでした。当時、トムスはCカー(※1)をやっていて、工場内にはCカー2台とF3が2台、グループAが2台あったかな。大勢の人もいる中、工場の隙間にフレッシュマンレース用のMR―Sがあって、そのメンテナンスとか、ちょっとした商品開発のお手伝いから始めることになりました。
 2~3ヶ月、そんな仕事をやる中で、急にグループAのスタッフに欠員が出て指名されました。職種はエンジニア。言われた瞬間は、「メカニックやりたいんですけど~」って思いましたよ。当時、エンジニアになりたくて現場に来たかったわけじゃないし、エンジニアという仕事すらよく分かりませんでしたから。当然、最初から何かできるわけでもなく、関谷(正徳)さんの御用聞きのような感じで(笑)。仕事内容は今のエンジニアと同じで、ドライバーからマシンの状態を聞いてマシンのセットアップを考えることでした。車を修理したりすることに関してはすごく自信があったんですけど、エンジニアはまるで職種が違うと気づきました。分からないことばかりで、先輩メカニックやもう1台のグループAを担当する先輩エンジニアに教えてもらいながら必死に勉強していましたね。

(※1)Cカ―=グループC規定のレース車両

理論や論理がすべてじゃない

 当時からデータロガーというものも一応ありましたが、収集するデータは車速とエンジン回転数とスロットルぐらいでした。細かくはないし、データを重ねることもできないし、今のような使い方もしていませんでした。空力なんてなかったですね。Cカーではあったんでしょうけど、グループAはほぼなかったような感じです。セットアップも適当(笑)。今から思うとものすごく適当。当時は、アライメント関係はトムスにあったアライメントホイールを使っていましたが、グループAのときはかなり適当ですよ。それで成り立っていたんです。今よりもずっと、「レースはドライバーが主役」というスポーツだった気がしますね。
 ただ、タイヤ戦争だけはすごくシビアで、今以上に過熱していましたね。グループAで僕が入った時期はタイヤ戦争の真っただ中。予選用タイヤもタイヤウォーマーもあったし、タイヤテストでもタイヤは使い放題……。レースウイークも木曜から走っていました。そういう意味でタイヤはグループAとJTCCでものすごく勉強させてもらいました。グループAで担当したマシンはブリヂストンでしたが、もう1台がトランピオ。JTCCの最初はブリヂストンで、途中からミシュランにスイッチしているので、3メーカーを深く教えてもらいながら勉強させてもらいました。
 グループAをやったのが92~93年。そこで基礎をものすごく勉強したので、だいぶエンジニアというものが分かってきました。近くでは土屋(春雄)さんも坂東(正明)さんも同じトヨタ陣営でやっていて、最初はいろいろ教えてもらっていたんですけど、だんだんと聞いてくるようになって、これは面白い展開になってきたぞって思いました(笑)。で、JTCCが始まるわけですが、本格的にエンジニアとして自立できたのはそこからですね。自分で回せているなって感覚でやれました。
 エンジニアをやっていておもしろいなと思うのは、車、タイヤ、ダンパーとか、タイムを削るために新しいものやハードに目がいきがちなんですが、わりとメカニカル以外の部分、たとえばタイヤ交換の機材はこっちの方が使いやすくて結果的に早いよね、という場合があること。ドライバーにしても、関谷さんは若くなかったし、結構バテちゃうんですよ。車を速くするよりも、ドライバーを気持ちよく乗せた方が結果的に速い。理論や論理だけじゃ良い結果は残せないなんだなって気づいたのも当時でした。

レースの世界では監督、ドライバーが前面に出て
エンジニアは常に黒子役に徹している
しかし、結果を左右する存在であるのは間違いない
今回はエンジニアの仕事にスポットを当てて
レースウイーク前後での内容を教えてもらった

東條 力

考え方はすべて同じ

 ずっとハコのレースを担当してきましたが、09年からはスーパーフォーミュラの現場にも行き始めました。フォーミュラのエンジニアをするのはじつは初。でも、マシンをセットアップする考え方は何も変わりません。変な話、スーパーGTもスーパーフォーミュラも、レーシングカートもラジコンも考え方は一緒でやり方が違うだけです。タイヤがワンメイクならそれなりに緻密さが必要だろうし、タイヤがワンメイクでないならそれがパフォーマンスを決める割合は7割あると思うので、そっちに力を割いたほうがよくなる。エアロが強力で地面にマシンが張り付いてしまうみたいな特性を持つマシンなら、吸い付かせて走るのか、ダルい領域で走るのか、その方針を決めればいいだけ。それはサスペンションにしても同じ考え方です。レースの形体にしてもスプリントか長い耐久レースかで変わるのではなく、明確にゴールがどこなのか考えればいいわけです。

エンジニアの仕事

 エンジニアと言っても、どんなことが仕事内容なのか理解してもらえないことが多いです。監督の下に実際にマシンを走らせるドライバーがいて、実際にマシンのセットアップを変更したりするのはメカニックの人たち。何をやっているの? とよく聞かれます。
 例えば富士のレースが次にあるとなったときに、まずエンジニアはマシンのベースのセットアップを決めなければいけません。要するにスタート地点。当日の気温、湿度、路面の状況などさまざまな読めない要因があるにせよ、ここからセットアップをスタートするというポイントですね。で、そのセットアップの中でも車高、スプリング、ダンパーというのは触りやすい場所にあるけど、ギヤレシオやデフだったり車の奥深くに入っているものは変更するのに時間がかかるので、まずそこから決める必要があります。それから車高、ジオメトリーを決めて、セットアップシートというものに書き込んでメカニックたちに流すと、彼らがセットアップしていってくれます。任せてしまうこともあれば、一緒に立ち会いながらロガーのキャリブレーションをしていることもあります。
 スーパーGTの場合はその前にレースで使用するタイヤのスペックを決めます。ブリヂストンだとレースの3週間前が締め切りですね。それを決めるのが、じつは一番難しい作業。天気も予想しないといけないし、外すと箸にも棒にも引っかからなくなるから。博打はせず、根拠なくそうすることはあまりなくて、過去のデータや事前テストから導き出すわけですが、ものすごく悩みます。タイヤオーダーの締め切りが近くなるとタイヤ屋さんと頻繁に連絡をしますが、締め切りのときにまだ決まっていないと電話に出なかったりすることも(笑)。シーズン始めの頃は、それをやりながら機材や人の配置の見直しも同時にしていきます。
 現場に入ったらピットの設営をやります。トムスは昔からピットロード脇にあるサインガードを立てるのがエンジニアの仕事となっています。設営している間にメカニックが定盤を作ってくれて、セットアップにズレがないかを確認して、修正するならそこで修正します。それが予選前の金曜日ですね。それからタイヤの準備をしたり車検の準備をしたりしながら、持ち込んだタイヤの中からレースで使うものにマーキングしなければいけないので、ここでもタイヤ選びが待っています。マシンをセットアップしてからタイヤを決めるのか、タイヤを決めてからセットアップを進めるのか、それはエンジニアのやり方によって分かれるところだと思いますが、僕は先にタイヤを決めてから予選に向け、決勝に向けてどうするかを考えていきたいタイプです。
 レースウイーク中の走行データを集めるのも大事な仕事です。セットアップが正しいのか、どこでライバルに後れをとっているのかを分析する材料になるわけですが、僕はそのデータだけでは何も判断しません。ドライバーが言っていることって、自動車工学とか物理の法則からするとあり得ないことが多かったりするんです。たとえば荷重が抜けるとか、ブレーキをかけるとリヤが沈まないとか。でも、ドライバーは確かにそう感じている瞬間があるんです。だから、これのことをそう言っているんだろうなっていうのを探すためのチェックですかね。もちろん目標の車高、ブレーキバランス、ダウンフォースバランスになっているかの確認もデータ上では見ています。

東條 力
レースウイークの走行が始まると密になるのはドライバーとのコミュニケーション。人によって表現の仕方が違い、マシンの症状を「想像する」力もエンジニアには求められる。

大切なのは「段取り」

 決勝前になったらレースの戦略を考えます。事前にいくつかの想定をしておくことが大事で、何周目までどうするか、セーフティーカーが入ったらどうするかなど、要するにその場で瞬時に決められないことをシミュレーションしておくんです。スタートしてしまえば後は意外に楽だったりします。全体的なレースの展開、状況を見ながらピットインのタイミングなどを見計らって、後は燃費を計算しながら見守るだけです。決勝後はドライバーやタイヤメーカーさんなどとミーティングをして、今回の課題点、次のレースに向けての改善点を一緒に考えます。
 レース終了後にマシンはチームのファクトリーに運ばれて、それが到着する月曜日はマシンの荷下ろしから始まります。メカニックはセットダウンを始めて僕らエンジニアはラップチャートの書き漏らした部分を埋めたり、書類的なものを片付けます。で、火曜日はだいたい皆でホイール掃除(笑)。あれって人足仕事! レースで使う本数って100本ぐらいありますから。翌日以降は、若い子たちが書き上げたレポートをチェックしたり、次のレースに向けてセットアップを考えたり、それとは別に予算の管理やパーツ発注といった事務仕事も入ってきます。
 意外に大変ですが、やっぱり好きだから続けられるんでしょうね。今は若い力が育ってくるのを待ちながら、次のステップを見据えています。時期がくれば……新たな挑戦をしたいですね。
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