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笹原右京 氏 「世界の舞台で戦いたい」

HUMAN TALK VOL.151 笹原右京 氏「世界の舞台で戦いたい」

PROFILE

笹原 右京
SASAHARA Ukyo

1996年4月24日 群馬県出身。
5歳の頃からカートを始め、ハルナシリーズで腕を磨き、06〜07年に激戦のM4で連覇を果たす。07年からロータックスMAXクラスに参戦を開始、09年には国内選抜ドライバーとしてエジプトで開催されたグランドファイナル大会で日本人初優勝を果たす。10年からロータックス・ユーロチャレンジに挑戦、2年目の今年は2戦を終えて2勝。チャンピオンを目指す。

http://gogoukyo.com/

09年末、レーシングカート界のオリンピックと称されるロータックスMAXグランドファイナル・エジプト大会で笹原右京は日本人初優勝という快挙を成し遂げた。
6歳からレーシングカートを始めた彼が世界に目を向け幼少時からどのような努力を積み上げてきたのか?
世界の舞台で輝く今日までの軌跡を追いかけてみる——

笹原右京 氏笹原右京 氏「世界の舞台で戦いたい」画像1

雨中のスリック走行。

父が以前、ダートトライアルをやっていて、僕はオムツを付けている時から見に行っていました。その影響もあって5歳の秋頃からカートを始めたんです。カートに初めて乗った時はただおもしろいと単純に思っていましたね。最初に乗った場所は群馬県のハルナモータースポーツランドで、カートはコマー60というカテゴリーでした。
レースデビューは7歳。04年から東日本ジュニアのフレッシュマンに出始めて、途中から激戦のエキスパートクラスに上がって数戦レースをして、05年はエキスパートクラスをメインに参戦しました。当時こだわっていたのが、さまざまなカートに乗るようにすること。パッと違うカートに乗ってパッと速く走れる技術を身に付けた方がいいのかなと思い、毎年のように違うカートに乗るようにしました。一番最初がトニーカート、その次がテクノ、マラネロ、コルゼ、05年はまたトニーカートに戻りました。その当時の経験は今でも生きていますね。
また当時の練習法で今役立っているものがもうひとつあります。カートを始めた頃にまだレインタイヤを持っておらず、他の子たちがレインタイヤで練習している中で自分はドライのスリックタイヤでずっと練習をしていました。もちろんかなり滑るんですけど、そこでマシンのコントロール能力を勉強できました。どんな滑る路面でもすぐにそれなりのタイムを出せるようになり、今では大きな武器ですね。その練習は今でもやっています。

忘れられない08年。

06年はM4というレースに参戦しました。当時、一番レベルが高いレースとして有名で、とにかくバトルが激しいんです。自分もそこで力を試してみたいなという思いもありました。カートをやり始めた頃は乗るのが楽しい気持ちでいっぱいでしたが、この頃には速い人、強い人と勝負がしたいという気持ちが強くなってきていました。シーズン最初に前哨戦レースが御殿場であり、そこで優勝することができて最初から手ごたえはあり、1年目にチャンピオンを獲ることができました。
翌年もM4に出ましたが、前年に10戦中5勝を挙げることができたので、その年は全勝を目標にしました。自分的にはやっぱり勝って満足したいタイプなので。勝てなかったレースは全部悔しいんです。2位も3位も一緒、勝てなければ全部負けだと思っています。

笹原右京 氏笹原右京 氏「世界の舞台で戦いたい」画像2

これまでのカートレースの中で一番悔しかったのが、08年のJAFジュニア選手権のFPジュニアクラスの最終戦鈴鹿戦ですね。最終戦までチャンピオンの権利を残し、練習では速さもあり、当日はいけるかなって思ったんですけど、思うような展開になりませんでした。前日の夜に雨が降ってタイムトライアル時の路面に雨が残ってしまったんです。僕はA組の3〜4番手で、悪くはなかった。でも、B組が始まる頃には路面が乾いてグリップし始めて、僕のグリッドが後方になってしまったんです。予選も天気は曇りで雨が降りそうな気配がありましたが、うまく順位を上げて決勝でトップグループに入り優勝できればいいかなって思い、僕はスリックタイヤを履きドライ寄りのマシンセットにしました。そしたら、スタート直後に雨が降り出した。完全にドライレースを予想していたマシンセットだったので、ぜんぜんグリップせずに何とかコース上にいるだけで精一杯でした。決勝は最初から雨。そういうコンディションは好きだったので、16番手グリッドからでも優勝は狙えると思ってスタートしましたが、直後にプッシングを受けてスピンして最後尾まで落ちてしまった…。ファステストラップを連発して追い上げはしたものの、最後は10位フィニッシュでチャンピオンは獲れませんでした。優勝も逃したし、1年目でチャンピオンを獲るっていう目標を達成できなかったので本当に悔しかったですね。
海外に目が向き始めたのは07年からです。その年、前年のM4チャンピオンのご褒美として、カート研修でイタリアに行かせてもらったんです。本場のカートレースを見て、今すぐここで戦いたいな、世界の速い人たちとレースをしたいなっていう気持ちが高まりました。07年からロータックスMAXというエンジンを使用したクラスに出始めたのは、そのエンジンが世界中で使用されていて、世界のレースにつながるエンジンだから。世界への挑戦は、イタリアから帰国した僕にとって最優先すべき目標となっていました。

世界で戦っているドライバーたちはどれぐらい速いのだろうか?
その中で戦ったら、自分はどこまで通用するのだろうか?
海外志向を強めた笹原右京は、世界同一規則で行われているロータックスMAXエンジンを使用する日本のシリーズ戦に参戦。
そこで権利を勝ち取り、09年に早くも最初のチャンスが訪れた。
ロータックスMAXグランドファイナルエジプト大会に挑戦——
笹原の世界挑戦は、その大舞台での躍進からスタートすることに。

笹原右京 氏笹原右京 氏「世界の舞台で戦いたい」画像3

初めての世界戦。

世界に挑戦すると決め、日本でロータックスMAXのレースでポイントを積み上げて、09年のMAXグランドファイナルに出る資格を得ました。初めての海外レースが、そのエジプトで開催されたMAXグランドファイナルだったんです。本当にクリーンなレースで、なおかつまったくミスをしない選手ばかり。世界の速いドライバーたちが集まっていて自分の気分も高まり、本当に楽しかったですね。
優勝を目指してはいましたが、それより世界のレベルで自分がどこまで通用するのかなっていう力試しをしたい気持ちが強かったですね。結果、優勝できたのでとてもうれしかったです。走り始めた日からトップ6以内には入っていたので、最初から手ごたえはありました。ただ、どれだけ速くても予選ヒートやプレファイナルでクラッシュしてしまったら意味がないので、速さはもちろんですが、とにかく生き残ることを優先していました。大事に大事にって。予選やプレファイナルでバトルに慣れてきたので、ファイナルは全力で前を向いて走ろうと考えられたのも結果的に良かったです。おもしろいのが、優勝した時はぜんぜん実感がなくて、レースに勝ったということだけしか思えなかったこと。でも、日本に帰ってきたらいろんな人が「おめでとう」「よくやったね」と声をかけてくれ、そこでようやくグランドファイナルで優勝したんだなって実感がわいてきましたね。
ただ、現地での反応はすごかったですよ。プレファイナルが始まる前、レース中にヨーロッパの2チームから誘いの話があったみたいで。レースが終わった後もいくつか話をいただいたそうです。「来年うちでやらないか」と。僕はその時は英語がまったく喋れなくて、同行してくれたメカニックの服部(弘光)さんやサポートしてくれているEIKOスタッフの方に声がかかったみたいです。ヨーロッパはやっぱり実力主義なんだなと思いましたね。

激変する欧州の路面。

会後、翌年のヨーロッパ挑戦に向けて家族やいろんな人と相談して、誘いのあったチームの中からベストだと思われるチームを決めました。初戦がスペインで行われたウインターカップです。これはメインのユーロシリーズに入っていないレースなのですが、その大会で優勝すればユーロシリーズ4戦分の参戦費用が免除になるんです。だから絶対に勝って権利を得ようと思い参戦しました。そこで優勝できたことは自分の中では大きかったですね。その後始まったユーロシリーズでは、自分のミスが大半でレースを落としてしまい、まったく良いところがなく情けなかったですが……。今思えば、焦りすぎている部分がありました。スタートして順位を落として気持ちが焦り、すぐに挽回しようと思いすぎて、無理に仕掛けてしまったりとか、自分でミスを犯して順位を下げたり。余裕がなかった感じですね。

笹原右京 氏笹原右京 氏「世界の舞台で戦いたい」画像4

そんな苦しい1年を経て、今年は少し余裕が出てきました。練習でも調子が良くて気持ちに余裕が出てきたんです。1年目にレースの組み立て方、ドライビング、路面への対応を学んだので、こういう時にはこうすればいいのかなっていうのがすぐにパパパッて思い浮かぶようになったんです。ヨーロッパのレースで一番難しいのが、走行時間の多さとそれによる路面のコンディション変化。日本の標準的なカートレースはタイムトライアル、予選、決勝という流れで、だいたい1日レース。でも、ヨーロッパは水曜、木曜から練習が始まり金曜にタイムトライアルをやって、予選ヒートもA、B、C、Dに分かれて総当り戦。ここまでの走行量もまったく日本と違います。で、日曜にプレファイ、ファイナルという流れです。路面コンディションもどんどん変わっていきます。午前と午後でまったく違うことは当たり前で、優勝できた2戦目のドイツでも午後は1時間単位でどんどん路面コンディションが変化していきました。午後は2〜3時にかけてすごい気温が上昇して、コース上のラバーが溶け始めて、ヌルヌルと滑る路面になっていったんです。練習で同じ時間帯に走った時にそういう傾向があったので、こういう時にはカートをこうする、キャブは何番でいくと、チームとしっかりミーティングできていたので、レース当日は落ち着いて臨めました。
2連勝して、不甲斐なかった昨年ぶんをここまでは取り返した感じです。とりあえず今は目の前のレースでしっかり成績を残すことが一番だと思っています。その積み重ねが来年につながると考えているので。将来的にはF1ドライバーになるという大きな目標がありますが、今年の積み重ね、来年の積み重ねがその目標への架け橋になると信じて、まずは今年ユーロシリーズでチャンピオンを目指します。応援よろしくお願いします。
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