感謝の気持ちを 忘れない

VOL.309 / 310

星野 一樹 HOSHINO Kazuki

株式会社ホシノインパル・株式会社TEAM IMPUL 代表取締役
東京都出身 1977年生まれ。「日本一速い男」と呼ばれた星野一義氏を父に持つ。22歳からカートレースを始め、2000年からはイギリスで武者修行、帰国後はF3を皮切りにSUPER GT、フォーミュラ・ニッポン、スーパー耐久とキャリアを重ねた。レースの一線から退いた後、2023年からはチーム監督として父からのバトンを受け継ぐ。

感謝の気持ちを 忘れない

感謝の気持ちを 忘れない---[その1]
HUMAN TALK Vol.309(エンケイニュース2024年9月号に掲載)

日本のレース界において「ホシノ」の名はあまりにも大きい。その「ホシノ」の名を継いだ男、星野 一樹氏。レーシングチームのTEAM IMPUL、そしてアフターパーツブランドとしてのホシノインパル、その双方を偉大なる父から受け継いだ一樹氏の今を語ってもらった。

IMPULの イメージを広げたい

「今までTEAM IMPULはスーパーフォーミュラとGTというトップカテゴリーだけやってきたんですけど、やっぱりこの先を考えるとモータースポーツからセールスに繋げていく意味では参加型のカテゴリーもどんどんやっていき、ビジネスの形を広げたいなと。そういうことからスーパー耐久で僕がチームオーナーという形で参戦するためにTEAM IMPULという法人を立ち上げました。インパル=日本のトップカテゴリーだけをやる集団というイメージももちろん大事なんですが、オーナーさんやジェントルマンドライバーさんが参加できるようなカテゴリーに我々が参戦することによって『インパルもS耐やってるんだ』というイメージが付く。そうやってインパルが持つイメージをちょっと広げていきたい。
 また、以前からスポンサーに付いてくださっているナニワ電装さんから僕と一緒にジュニアの育成をしたいというお声掛けをいただいていて、ちょうど日産ニスモが新型Zを投入するタイミングと重なったこともあり、それならジュニア育成の一環で若いドライバーをS耐で走らせてみようかとなった。折しも以前GTで一緒に組んでいた安田裕信氏が育成のマネジメントをしていたことから、若手の元気なドライバーを紹介してくれまして、それが大木一輝です。このように裾野を広げたり、若手を育成したりという意味でもS耐に参戦する意義があると思っています」

監督は天職かもしれない

 ドライバーとして一線を退いてからチーム監督としてのキャリアをスタートさせた一樹氏。走る側からマネジメントする側へと移行した氏は監督としての自分をどう見ているのだろうか。「一言で言うと、自分の細かい性格は、監督業に向いている部分はたくさんあると感じています。レーシングドライバーの時からそうだったんですけど、性格的にすごく細かいんですよ。車のフィードバックやタイヤの開発なども含めてすごく細かかったんで、そういう緻密な部分が監督として向いていたんだなって、やってみて気付きましたね。F1をはじめ、ほとんどのレースを見ますけど、やっぱりドライバー目線の部分がありながらも、どうしてもチーム戦略とかそういうところばかりすっごく細かく見ながら考えてしまうし、本当に天職だなって思います(笑)。結果がまだ出ていないから生意気に聞こえるかもしれませんけど、監督という仕事がすごく好きですね」
 ドライバー時代はそのようなことに目がいってなかったのかと問うと「ドライバーってそれを考え出すと逆にダメで、やっぱり常に自分のドライビングを追求するべきなんです。若手にはよく『もっと車に詳しくなれ』と教えたりする一方、与えられた車でどうやってコンマ1秒速く走るのかということこそ追求して欲しいと思っています。ただ、ベテランになってくると少しセットアップを変えたらちょっと速くなったという成功体験の蓄積から頭でっかちになってくるんですよね。僕も晩年はどうやってコンマ何秒速い車を作るかということばかり考えていました。若い時は自分のドライビングに向き合って、速く走るためにあんなに頑張っていたのに、それを忘れていたなって引退してから気付いたんです。だから監督になった今、ベテランドライバーには頭でっかちになるなよってことは伝えたいです。自分ができなかったからこそ、ドライビングと向き合ってほしいんです」

監督としていかにチームが勝つかを最優先に考えている

自分は自分だ

「だから星野一義ってやっぱり凄かったんですよね。とにかく目の前に与えられた車の中で、ドライビングだけでどうにか人よりも速く走るんだっていうことを一生、50歳を越えてもやっていたと思うんですよ。ベテランになるとなかなかできないですよね、賢く生きようってなっちゃうんで」
 否が応でも星野一義氏を引き合いに出されることについてどう思っているのか。「やっぱりレーシングドライバーになるって決めた時から比べられることは覚悟していました。昔は『自分は父を超えられるだろうか、近づけるだろうかとかそういうことばかりが先走ってばかりいましたし、その心境だとやっぱり上手くいかなかったんですね。周りの人からも『大変だなお前、親父さんが偉大すぎて』とか言われますけど、そんなの当たり前だと思うし、もう僕が普通にやっていても比べられる基準が高すぎて評価は普通以下になってしまう。でもいつしか父と比べなくてもいいんだと思えるようになりました。自分は自分なのだという境地です。そこに行き着くまでは葛藤も時間もかかりましたが、そう思えるようになってからはもう自分はブレなくなりましたね」

一義氏も絶妙な距離感で一樹氏にチームを任せている

感謝の気持ちを忘れない---[その2]
HUMAN TALK Vol.310(エンケイニュース2024年10月号に掲載)

ホシノインパルとしての戦略

 自動車がエンジンからハイブリッド、そして電気自動車へと多様化していく昨今、アフターパーツブランドのホシノインパルとして変化が必要な部分はあるのだろうか。
「日産の車は軽自動車のようなコンパクトカーからEVまでほぼ全車種を対象としてパーツをリリースしています。ベース車両は時代に合わせて当然変わっていくものですが、元々ウチはエアロがメインの会社でしたので、動力源が変わってもそれほど影響はありません。
 そのような車の変化よりも広告媒体の変化、そちらの方が大きいかもしれません。従来メディアの雑誌や自社ウェブサイトはもちろん対応していくのですが、それら車好きの方が能動的に見る媒体だけではなく、こちらから発信していく媒体にも注力しています。SNSやYou Tubeを活用して車への興味が薄い人へもアプローチし、まず車やIMPULに興味を持ってもらおうという狙いです。モータースポーツもそうですが、いかにして新規のお客様を取り込むことができるかということを考えています。だから僕らのYouTubeチャンネルは週に1本ペースで配信していますよ、もちろん制作はプロの方に頼んで。土屋圭一さんやアイドルの方にも登場してもらいながら、一般の人でも楽しめるようなコンテンツで発信力を高め、新規ユーザー開拓を目指しています」

デモカー IMPUL Z(RZ34)

アルミホイールではエンケイとの長い歴史がある

新しいことにチャレンジして気付くこと

 ドライバーだった頃の自分を振り返ってみて、今どう思うのだろうか?
「やっぱり乗っていた時は自分主体でレースをしていたなと。ハンドルを握って車をコントロールして駄目だったら車の文句を言ってましたね。でもいざチームをやってみたら、今度はそうやって文句を言うドライバーをコントロールして、メカニックをコントロールして、チーム全体の人間をコントロールしなければいけない。これはもう本当に難しいなって感じます。なぜ自分はドライバー時代にあれほどわがままに文句だけ言ってきたんだろうって、もうお世話になってきた全チームに謝りたいぐらいですよ(笑)。現役の時は本当に気付かなかったんですよね。監督という仕事はそのくらい難しいからこそ面白いというか、やりがいがあるなって最近気付いてきて「星野一義」っていう存在に対してドライバー時代は全く敵わなかったけど、今は『監督』という立場でまた挑んでいきたい! そう思っています。
 自分が乗らなくなってきたからこそすごく色々な部分で見えてきた部分がありますね。今思えばチーム全体で戦っているその本質が見えていなかったなと。よく若手のドライバーには『乗れていることに感謝しろ』って言うんですけど、自分ができていなかった負い目みたいなものが少しある。本当に感謝はしていたんですが今思えば足りてなかったなと、だから若手には感謝の気持ちを忘れるなとよく言っています。
 勝つための条件って色々な形がある。勝てる時ってドライバーの力量だけじゃなくて、チーム全員がそのドライバーに対して『こいつの車を良くしてやろう、こいつに勝てる車を与えてあげよう』と思えるかどうか、そこの信頼関係が結構全てだと思うんですよ。ドライバーがその能力の100%を出せる場を作ってもらえるかどうか。ドライバーにはチームを自分の方に向かせる努力が必要だと思いますね。そしてチーム全員が勝つことに対して同じ熱量になること。ウチのチームも全員勝ちたいと思ってやってはいますが、まだまだそこまで辿り着けていない気がします。チームをやってみてわかったのはマネージャー然り、タイヤを運ぶ人然り、全員で戦っていたんだなということ。ドライバーの時は自分だけが戦っていたみたいに感じる部分もあったけど、そうじゃなかったんですね、もう全員が本当に戦っていた。これからはそれをもっと高いレベルに上げていきたい」

監督として一番大切なこと

「色々あると思うんですけど、一番大切にしていることは綺麗ごとじゃない部分のドライバーファーストですかね。やっぱり自分もキャリアの中でいろんなチームに乗ってきましたけど『ぶっ壊したっていいから攻めてこい!クラッシュしたっていいから踏んでこい!』っていうチームって本当に無かった。でもIMPULだけはそう言えるチームだという自負もありますし、それを守っていきたいなと思います。ドライバーとしてチームにそう言ってもらえて『よし、そこまで言ってもらえるなら踏んできてやるぜ』って思えるかどうかのアドバンテージは計り知れないと思うんです。みんなミスしたらクビになるんじゃないかって怖くて震えているので。そこをいいから行ってこいって言えるIMPULを一生守っていきたいです」

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