エンジンとレースに捧げた人生

VOL.273 / 274

鴻巣 裕正 KOHUNOSU Hiromasa

株式会社 岡山国際サーキット 御殿場支店 The CELLAR GOTEMBA 支店長

1955年生まれ。茨城県龍ケ崎市出身。大学卒業後、株式会社ヤナセのメカニックを経て1983年に株式会社トムス入社。グループCカーのエンジン担当ののち最終的にはチーム監督補佐まで務めた。現在は岡山国際サーキット 御殿場支店「The CELLAR GOTEMBA」支店長。

HUMAN TALK Vol.273(エンケイニュース2021年9月号に掲載)

1983年からトムスのエンジンメカ そして後にチーム監督補佐として黎明期のトムス黄金時代を支えてきた鴻巣氏。
現在は御殿場でエンスージアストの愛車を保管するガレージの管理責任者を担う氏に話を聞いた

エンジンとレースに捧げた人生---[その1]

 この業界はみんな車が好きな奴ばっかりだと思うんだけど、私も例外ではなく小さな頃から車好きでした。当時の茨城県龍ケ崎は田舎でね、見よう見まねで車の運転は覚えましたね。18歳になったらすぐに免許をとって、初めて買った車は中古のセリカ(TA22)だったかなぁ。会計士や税理士になりたいと思って国学院大学の経済学部に入学したんだけど、やっぱり車の仕事に就きたいと思い立って、大学に通いながら整備学校にも通いつめて整備士の免許を取得しました。今で言うダブルスクールですよね。
 初めての就職先は外国車インポーターのヤナセ。配属されたのは希望と違ってGM(ゼネラルモーターズ)のサービス課。でもベンツやアウディはエンジンやミッションが壊れてもリビルト品に交換するだけなんだけど、アメ車だけは新車でもいきなりエンジン降ろしてオーバーホールとか普通にあって、すごい勉強になりました。

JSPCやル・マン24時間レースにも参戦したトヨタ 87C(左から3番目が鴻巣氏

憧れのトムスへ

 大卒の時に一度トムスは受けたんだけど落ちました。それでヤナセに入って4年ほど経った時かな。「やっぱり俺はエンジンのチューニングがやりたい」と燻っていた思いが高まっていた矢先に、知り合いづたいでトムスの大岩さんに連絡してくれたんです。そうしたらとんとん拍子に話が進み、晴れてトムスに入ることになったと。確か1983年でした。当時のトムスはGr.CカーやGr.Bのレースもやっていました。
 思い出深いのはGr.Bのセリカで参戦したマレーシアでのレースのこと。マレーシアGPの1週間後にペナンGPがあったんですが、マレーシアGPでエンジンが壊れまして、現地のディーラーのスペースを借りて急いでエンジンを降ろしたんです。で、私のホテルにヘッドを持って帰り、バルブの摺り合わせなんかをして、舘さんに日本からピストンを持ってきてもらってディーラーでなんとか組み上げたんです。突貫工事でマシンに載せ、ペナンGPに出場をこぎ着けたら、なんと舘さんがポールポジションをとったんですよ。でも、レースが始まったら1周目で縁石にヒットして終わったという楽しくも悲しい思い出があります(笑)。当時は無茶ばっかりしていましたね。

エンジン屋の面白さ

 トムスに入って10年くらいの間はずっとエンジン担当でした。当時主に扱っていたのはトヨタのK型エンジンやGr.Cカーのエンジンですね。丁度キャブからEFIに変わる過渡期でした。ただ、キャブからEFIに変わってもエンジンの基本は変わりません。エンジン屋はエンジンの性能を向上させるのが仕事ですが、例えばカムを変えれば点火時期も変わる、点火時期が変われば燃料の量も変わるというように全てが相関性のある話なんです。少しの変更を繰り返し、上がったかどうかわからないくらいのパフォーマンスの向上を地道に積み上げていく行為です。ポンと組んでエンジンの持っているポテンシャルが結構出てくれる個体もあれば、同じように組んでも性能が出ず、少しずつ調整を重ねてやっと出てくる個体もある。試行錯誤の繰り返しですよ。でももちろん逆もあるわけで、なにをやっても性能が落ちることもある。逆にそれが面白かったですね。
 その考え方はコンピューター制御になった今も変わらないです。F3みたいにリストリクターで吸入空気量が抑えられていたら、尚更そんな劇的な変化なんて望めない。薄紙を重ねるような地道な努力を重ねて1馬力でも性能を追求するんです。エンジンは生き物だと思っています。金属の組み合わせなのに、生き物のように動き出す。性能も変わる。だから私はエンジンが好きなのかな。
 エンジン担当の後は管理的なポジションになり、その時の工場長の発案で「レース実行委員会を作ろう」となったんです。「お前は現場から一歩引いた目線でチームを見て、現場の動きをよく観察するんだ」というオーダーのもと、チームスタッフのどこの動きが良くてどこが悪いかをチェックするわけですね。より良いチーム体制を作り、チームを変えていくために。「元エンジン屋に何をやらせるんだ」と思いましたけど(笑)それを数か月やりましたね。だから一部のドライバーからは「実行委員長」呼ばれてました。それからは管理職の立場として実行部隊を引っ張っていく立場になりました。本当はエンジンを触っているほうが好きだったんですけどね(笑)。

80年代後半グループAに参戦していたトムス カローラレビン

80年代後半、グループAに参戦したA70スープラターボ

HUMAN TALK Vol.274(エンケイニュース2021年10月号に掲載)

エンジンとレースに捧げた人生---[その2]

 1980年代から90年代にかけて、当時のトムスは周りから「ゾンビ軍団」なんて呼ばれていました。テスト走行や予選で何かトラブルが起こったり、セッティングを詰める余地があれば文字通り夜を徹して、もうとことんやるわけですよ。そして翌日もそのままサーキットでレースをしている。「あいつらいつ寝てるんだ」って言われていました。初めてル・マン24時間レースに参戦した時なんかもレース前日からほとんど寝ずにメンテナンスをしているわけですよ。レースは24時間ぶっ通しですし。で、終わったら休む間もなくすぐに撤収だから。チームスタッフが車に分乗してパリのホテルに向かうんだけど、みんな朦朧としながら運転してるせいもあってはぐれちゃって。当時は携帯電話なんかありませんから連絡の取りようも無いし、手持ちのお金は無くなるしでもう大変でした(笑)。
 現代のレース界はもうそんなやり方はしていなくて、また、サーキットでは基本的には時間に制限もあり、特別な場合を除き、時間が来たら退出しなければいけません。やりたいことを全てやるというやり方から「いかに効率良く作業を行うか」という時代に応じたやり方にレース界も変わってきているんですね。いわゆるブラック企業というイメージからの脱却ですね。

1992年の全日本スポーツプロトタイプカー選手権に参戦したトヨタ91C-V改とチームトムスの面々。(右から3番目が鴻巣氏)

キレイな車を作る

 私がトムスにいた頃、チームとしての車作りの基本が「キレイな車を作る」ということでした。レーシングカーなので速い車を作るのは当たり前です。トムスの車は速いだけではなく、キレイな車作りを目指そうと。これは外見だけの話ではなく、むしろ中身の目に見えない所の話です。配線のまとめ方や配管の取り回し一つひとつまで美しく。きっちり綺麗にまとめられていると走行中に噛み込んだり、ショートするなどのトラブルも起こりにくいんです。各パーツのレイアウトもキレイに収まっていると、万が一トラブルがあってもどこが原因なのかわかりやすいですしね。速ければいい、目に見えないところなんかどうでもいいではなく、レーシングカーだからこそキレイに作る、それが壊れにくい車を作ることに繋がるということを徹底していました。トムスは他チームにマシンを提供することもあったりしたのですが、おかげで「トムスの車がよい」と言ってくださるチームもいらっしゃったほどです。

そして車を見守る立場に

 2016年を最後にトムスを卒業したのち、ご縁があって岡山国際サーキットが運営するThe CELLAR GOTMBAで車を管理する立場に就かせていただきました。このThe CELLAR GOTEMBAはカーマニア垂涎の大型ガレージです。ガレージ内は1年を通して室温28度以下、湿度60%以下に保たれており、温度によるパーツの劣化や湿度による錆などに伴う愛車の傷みを最小限に抑えることができます。それだけではなく、近隣にある富士スピードウェイや箱根のワインディングなどを走りたい時は、老舗レーシングチーム「チームルマン」の熟練メカニックがお車をきっちりと※調整してくれます。トランスポーターも完備していますので、ナンバー無しのレース車両であってもサーキットまで※お車を送迎して差し上げます。都内で車庫を借りることを考えれば保管料はお安いですし、車を気持ち良く走らせる環境が付近には沢山ありますから、まぁここは車好きにとっては夢のようなガレージですね。ガレージの2階にはゴージャスなホスピタリティスペースも用意していますので、オーナーズクラブのミーティングやパーティを開くにはもってこいなんですよ。大型モニターに映るレースの模様を皆で見ながら飲み、語らうなんて使い方も最高です。ガレージにはまだまだスペースに余裕はあるので、車好きの方は希少な愛車を是非お任せいただきたいですね。
※メカニックによる調整およびお車の移送は別途有料サービスとなります。

何十台もの車をストックできる広大なガレージ内部。

ガレージ外観。車高の低い車でも搬入できるスロープや大型のレーシングカーも入るエレベーターを完備する。

ガレージ2階にある豪奢なホスピタリティスペース。

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