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山村 博士 五感を超えた世界を表現したい。

HUMAN TALK VOL.203 山村 博士 五感を超えた世界を表現したい。

PROFILE

山村 博士
YAMAMURA Hiroshi

1964年大阪生まれ。同志社大学卒業後、外資系コンピューター会社に勤務し、現在は福岡在住、2004年に「The Sixth Sense」を設立して、F1の世界で働きたいとの想いを実現するために、Photographerに転身。写真は主に日本とヨーロッパに配信している。
http://hiro48photo.jimdo.com/

自身が設立した「The Sixth Sense」は
人の五感を超えた何かに訴えかけるような
写真を撮りたいという想いで命名した
F1の世界に憧れ、その世界と関わりたいという
気持ちを「写真家」という道を選ぶことによって
実現した山村博士さんは、どんな思いで
カメラを持ち写真を撮っているのか

山村 博士

 16歳のときに初めて一眼レフを買いました。父親も写真を撮っていたのもあって、高校に入って、そろそろ自分のカメラを買ってみようと思ったんです。ただ、そこにドラマ性はないですよ(笑)。カメラは買ったけど、ほとんど撮っていなかったですから。高校野球や京都の町並みを撮る程度、年に何回かぐらいしか撮影はしていませんでした。もちろん基本的には独学でしたが、本当に言うほど撮っていなかったです。
 ちゃんと写真を撮りたいと思ったきっかけが、F1を観に行くようになってからです。初めてF1を観に行ったのは1987年の最初の鈴鹿サーキット。じつは生まれたときから車が大好きだったんです。父親が車好きでドライブによく連れて行ってもらっていたので、その影響かもしれませんが、1~2歳の頃から車の名前をどんどん覚えて、物心ついたらF1というレースのことを知り、ずっと興味を持っていました。1987年以前、1976年~1977年に富士スピードウェイでF1が開催されたときはまだ子供だったので、1ヶ月遅れで読む雑誌の中の世界で楽しむだけでした。それが1987年に鈴鹿にF1が来るとなれば、よしこれは観に行かねばなるまい。と、鈴鹿1年目の時はまだF1はブームではなかったので、一人で。(笑)でも、サーキットに行くと知り合いがいたりして、そこにはレース好きが集まり、熱気に包まれていましたよ。

山村 博士
山村 博士

F1の衝撃

 そのF1をヘアピンで見たときは、本当に衝撃を受けました。当時のF1は6速か7速のマニュアルミッションで、1速まで落としてから加速していたと思うのですが、2速、3速とギヤを上げて加速していくときに、エンジンの音と車の位置がズレているんです。あまりにF1マシンが速くて、ロケットの発射のときのように音が遅れて聞こえてきていたんです。最初は自分の目と耳を疑いました。すぐ目の前を走っている車なのに、そんな現象が起きていることに驚きました。世の中には知らないこと、想像を超えるようなことがいっぱいあるんだなと。それまでは単純にF1好き、レース好きで、ニキ・ラウダだ、ジェームス・ハントだ、ロニー・ピーターソンだと雑誌や映画の中だけの世界でしたが、目の前で初めて生F1を見たときに想像を絶する世界が展開されて、これは世界に視野を広げないといけないなと感じてしまいました。
 F1観戦を終えて、この時に自分の中ではF1に関わりたい、世界に出てみたいという気持ちが強くなりました。その後、少しでも世界を見たいと短期ですがアメリカに語学留学に行ったりもしました。ただ、なかなかF1の世界に入り込むのは現実的ではなく、大学を出てからは外資系企業に就職しました。そのときはまだ、写真でF1に行こうなんて思っていたわけではなかったです。F1の写真は撮りますが、まだひとりのF1ファンとしてサーキットに行っていた時代です。
 レース写真をちゃんと撮りたいなと思い始めたきっかけは、インターネットの普及でした。1990年代前半から普及し始めて、アマチュアでもすごい写真を撮っている人がたくさんいることを知りました。当時、自分は国内のレースも見に行っていたのですが、アマチュアの人たちの中にもいわゆるプロ機材を使ってサーキットで撮影している人たちがいることは知っていました。そしてそのひとたちがまるでプロのようなすごい写真を撮っているんだと知るわけです。ならば自分も撮れるんじゃないかと思ったんですよね。じゃ、そのためにはやはりプロ機材が必要かなと格好から。90年代後半から機材をそろえ出しました。機材を買い足しつつ撮影の経験を積んでいくことで、少しずつ撮れるようになっていきました。まだまだ他のアマチュアカメラマンと同様に、コースサイドやスタンドで撮っていました。でも、まさか自分がプロの写真家になるなんて夢にも思っていませんでした。

プロの写真家に

 プロの写真家云々の前に、40歳になる前にサラリーマンを辞めると、自分の中でのライフプランがありました。で、40歳になるときに写真家に転身しました。サラリーマン人生は順調でしたよ。当時は支店長で、続けていたら……でも、辞めようと。やはりF1と関わりたいという気持ちが強かったんです。どうやったらF1と関われるかなと模索する中で、写真でF1の世界を目指してみよう、チャレンジしてみようと決めました。たまたま2003年の暮れからメディアとしてサーキットに行く機会ができ、レース関係の雑誌にも掲載してもらえるきっかけを作ることもできました。そしていよいよ2004年6月から、プロの写真家として活動を本格的に開始することとなったわけです。そして2007年の富士スピードウェイでのF1から念願のF1をプロとして撮り始めることとなりました。


どうにかF1の世界に飛び込んで仕事をしたい
その想いを実現する上で大事だった出会いとチャンス
安定したサラリーマンから一転して山村博士さんは
厳しいながら、やりがいのある世界に踏み込み
2007年、ついにF1のトビラを開いた

山村 博士
山村 博士

 初めてのF1観戦後少しずつ国内レースの撮影を始めました。最初は鈴鹿サーキットを中心に。その後、1990年代中頃からは本格的な機材も揃え出し、全国のサーキットや海外のF1も訪問するようになっていました。そうこうしながら子供の頃からのF1の世界で働きたいという想いと、1987年の鈴鹿F1の感動を胸に、F1の世界に飛び込む術を探してもいたわけです。そんな中、2006年にスイスのエージェント、今一緒に仕事をさせてもらっている方々と出会う機会を得ました。そして彼らに最初のきっかけをもらいついに2007年のF1日本グランプリで写真家としてF1デビューを果たします。それから9年、現在もF1日本グランプリは撮影ができる幸運に恵まれています。
 プロになる前の自分がどんな写真を撮影したかったのかを今振り返ってみると、当時はかっこいい写真を撮りたいとただ単純に考えていただけでした。今はかっこいいだけではなく、五感を超えた何かに訴える写真、瞬間をとらえて空気感を伝える写真というのこと考えながら、そして人々に喜んでいただける写真をとの思いで心を込めて撮影をしています。またここ4~5年は写真への考え方やスタンスも大きく変化する時期で、さらに言えばここ1~2年でやっと「写真家です」と言えるような感じになってきたように感じています。

山村 博士
山村 博士
飛行機、ファッション、自然風景と、ここ2~3年で撮影仕事の幅を広げてきた山村さん。それはF1撮影にも好影響を与えているという。

世界レベルの写真家

 自分が成長できたのは、F1のおかげだと思います。F1に集うドライバー、チーム、メーカーだけでなく、オーガナイザーやスポンサー、さらにはジャーナリストも写真家も、関わるすべての人たちが世界一を目指している「世界レベル」なのです。常に真剣勝負の世界で、その現場にいるからこそ出会える瞬間、被写体というのがあって、F1に行くたびにそこに魅力を感じて、その魅力を、感動を写真で表現したいと思います。毎回思うのですからF1ってすごいです。
 初年度の2007年は、色々な意味で衝撃的でした。現場に行くと、世界レベルでやっていくために今の自分に足りないことを目の当たりにします。フットワーク、写真の質もレベルも、撮り終わった後のセレクト、補正や納品など後処理の時間とレベル、密度。わかりやすく時間で言えば、たとえば、彼らが1時間でやることを自分は倍ぐらいかかっていたように思います。これが世界標準なんだ、世界でやっていくと言うことはこう言うことなんだと痛感し、すべてのことを世界レベルで考えるようになりました。そして自分がそのレベルで仕事ができるように様々なことを考えていく日々が始まるのです。そんな一年を過ごして迎えた翌年のF1日本グランプリ。また新たな気づきが見えます。奥が深いです。写真の質やレベル、着眼点、瞬間を捉えるというあらゆるスキルにおいて。幸い悲観的に捉えることもなく、「ヨシ、また成長できるぞ!」と毎年ワクワクしています。もちろん、反省し、一体どうすればいいのか真剣に考える日々なのですが。そんなことを繰り返してきました。
 今年9回目の写真家としてのF1日本グランプリでしたが、やはりまた新しい気づきがあるのです。そんな環境で働けることを本当に幸せに思います。世界レベルの人と机を並べて一緒に仕事をして、その毎年の反省とチャレンジの繰り返しで、自分が成長していけるのですから。それは写真だけではなく、人生においても成長させてもらっています。だからこそ、F1は私にとってはとても大切なものなのです。

山村 博士

慣れはダメ

 最近はカーレースだけではなく、様々な分野の撮影をしています。被写体が人、風景、なんであれ写真というものに対する「その瞬間を捉える」という思いは一緒です。この2~3年においては、とくにさまざまな被写体を撮影することによって、それぞれの世界の奥深さに触れることでも勉強させてもらってきました。それは他の分野の撮影にも好影響を与えていて、新たな視点を見つけられたり、写真で表現できる幅が広がっているように感じます。今年の鈴鹿サーキットでF1を撮影したとき、今までの自分と違う視点で写真を撮っていることに気がつきました。当然写真にも変化が出ています。
 様々な分野の撮影することによって気付かされたのは「撮影に慣れてはいけない」と。毎回新鮮な気持ちでワクワクしながら何か新しいものは見えないか、感じることができるだろうかとチャレンジ精神を持って撮影に臨まなければいけないなと。レースでも変化を感じられた自分の今後の可能性には、自分がどうなっていくのか自分自身が一番楽しみにしています。そんな自分の変化を感じられた今年のF1日本グランプリを終えて思うのは、今までもそのつもりで活動してきていますが、今回さらに強く、近い将来は世界中のサーキットでF1を撮りたい。そしてF1に限らず、風景や人をもっともっと地球規模で撮影したいなと。F1に出会ったことによって抱きだした想い、世界をフィールドに生きていく。そんなことが写真家という職業を通じてより現実味が増してきたように思います。今年のF1撮影はそんなことを今まで以上に強く感じさせてくれました。自分の視野を世界に広げてくれたきっかけのF1、本当に感謝です。
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